- ちょっち休眠。。 (05/17)
- 朗読『宮沢賢治が伝えること』 (05/13)
- 第二回 二星の会 東京公演 (05/13)
- 第41回桃々会 (05/06)
- 国立能楽堂特別企画公演 ―観世文庫創立二十周年記念― 世阿弥自筆本による能 (05/02)
朗読『宮沢賢治が伝えること』

出演 黒木メイサ
段田安則
野村萬斎
演出 栗山民也
※2012年5月12日(土) 世田谷パブリックシアターにて。
二星の会のあとは、ダッシュで三軒茶屋に移動して、萬斎さまの(?)宮澤賢治朗読会へ。
あ〜、なんだかとっても素晴らしかったです。。
宮澤賢治って東北の大地震と津波の年に生まれ、そしてまた大地震と津波の年に亡くなった人だったんだなぁ・・・。
教科書や童話で慣れ親しんだ「永訣の朝」や「よだかの星」で、思わずちょっぴし涙が・・。
萬斎さまは、お帽子に草履(?)、ポッケに手ぬぐいのミヤザワ風ファッションでした♪
そして共演は、いま話題沸騰の黒木メイサ(と段田安則)ですよ!
はぁ〜本当に本当に綺麗な人でした。ちょっぴしお腹ぷっくりだったでしょうか。
つわりだったのか、お顔はむしろシャープになってまいた〜。
もうすぐ出番を控えている広末涼子も観に来てまいたお〜。
お肌が綺麗!!
| 番外 | 04:48 | comments(0) | trackbacks(0)
第二回 二星の会 東京公演
お話し『妄執輪廻』味方健
仕舞
経正 河村紀仁
逆矛 田茂井廣道
楊貴妃 味方玄
龍田 味方團
春日龍神 林宗一郎
独吟
遊行柳 近藤乾之助
仕舞
老松 河村晴久
通盛 清水寛二
井筒 味方健
野守 河村和重
一調
松虫 林喜右衛門
小鼓 大倉源次郎
野宮 合掌留
シテ 河村晴道
ワキ 宝生閑
アイ 小笠原匡
大鼓 亀井広忠
小鼓 大倉源次郎
笛 藤田六郎兵衛
地頭 林喜右衛門
※2012年5月12日(土) 宝生能楽堂にて。
すみません、観に行くには行ったのですが、ノンビリ長々と感想を書いている余裕がまだありませぬ。。
申し訳ない(?)でござる。。。
健のお話が面白かった♪(←そっちか。)
どうでもいいけど、鏡の間の明りはいつも消しておかないと、あらし窓から代わるがわる見所を覗いている影が丸見えでござるよ。。
| 能・狂言 | 04:40 | comments(0) | trackbacks(0)
第41回桃々会

景清 松門之出 小返之伝
シテ 関根祥六
ツレ 坂井音隆
武田文志
ワキ 宝生閑
大鼓 安福建雄
小鼓 亀井俊一
笛 一噌仙幸
地頭 坂井音重
仕舞
実盛 関根知孝
遊行柳 野村四郎
狂言
樋の酒
シテ 三宅右矩
アド 三宅右近
三宅近成
仕舞
弱法師 観世芳伸
藤戸 山階彌右衛門
独吟
隅田川 谷村一太郎
仕舞
頼政 観世清和
小鍛冶
シテ 関根祥丸
ワキ 村瀬提
ワキツレ 村瀬慧
アイ 高澤祐介
大鼓 大倉栄太郎
小鼓 鵜澤洋太郎
笛 一噌庸二
太鼓 観世元伯
地頭 角寛次朗
※2012年4月30日(月) 観世能楽堂にて。
というわけで、桃々会にも行ってきました〜!
配布の解説には、1974年の第一回の発会にあたっての祝辞や番組なども掲載されていました。
そしてロビーには祥人のお写真が・・。。
さて、まずは祥六先生の景清から。
人丸もそのトモも、なかなか気合を込めての登場です。
松門之出の仙幸のアシライは、いささか優しいくらいの趣ながら、やはり渋く重厚なメロディ。
そして祥六の、これぞいぶし銀といった謡があばら屋の作り物から聴こえてくる。
この世とあの世の境目を彷徨って、涙している幽鬼のような声だ(聞いたことないケド)。
引き回しが降ろされると、沙門帽子に下居した景清が現れる。
何せ本物の老体なので、その姿はいささか、向って右に力なく傾いていた。
途中で絶句するのを、主後見の野村四郎が見所にも丸聞こえなぐらいの大きな声でつけてあげている。それぐらいでないと、シテには聞こえていないようなのだ。
この日は四郎がもう一人の主役といっていいくらい、全力サポート!といった様子でシテを援けていて、もちろん、それは舞台の上の全員もそんな気持ちであったとは思うのだけど。
人丸が父親を探して、人里のほうへ向う間さえ、実はしんどそうに身体がまた傾く景清なのでした。
里人の閑も、心なしかいつもより強い調子で、まるで「ヨッシャ、オレに任しときな!」みたいな雰囲気て、娘たちを景清のもとへと案内します。大声で「景清!景清!」と呼ばわると、盲目の景清は娘がいることにも気づかず応えるのでした。
景清によく聴こえるようにと、人丸はまるで耳元にささやきかけるように謡う。
眼には見えない娘を、優しく抱きとめるようにする景清。閑もすこし心配そうな顔で、感動の再会を見守ります。
しかし勇壮な戦語りの中での二度目の絶句はさすがに長く、四郎が後見座から大声で詞章をつけても、シテはずっとフリーズしたまま。見所もしーんと緊張して、フィルムがぷつんっと切れたフィルム映画みたいに、長い沈黙を挟んで、舞台は何ごともなかったように進むのでした。
しかしフィルムの中では、景清と三保谷の壮絶な力比べなどもあり。祥六先生の舞台は、どんな形であっても惜しみなく力を出し切っていて、さすがに大きいと感じた。
戦語りを終えて、帰っていく娘を見送ろうとして立ちあがった景清は、大きくよろめく。
二度と娘に触れることは叶わず、見えない目で声のするほうをただ黙って、見送るばかりの景清だったのでした・・。
景清のあとは、続いて知孝、四郎の仕舞です。
実盛の知孝は、凄みと翳りのようなものを感じさせて素晴らしかった。そして四郎の立ち姿は、相変わらず拡がりがあって美しいな、と思う。
・・ま、もちろん一番カッコよかったのはキヨだけど。(←誰も聞いてない。)
この日のキヨりんは頼政で、葛桶に腰掛けてガシガシと騎馬の様子。
デッサンに揺るぎの無い楷書の美で、知孝や四郎にしてもそうだけど、素晴らしい仕舞を観ていると、型というのは常に本質なんだな、と思う。
そしてついに、祥丸キュンの小鍛冶です!
慧が廷臣役だったのだけど、この日も外見と声の強さのギャップにびっくし。
も少しトシをとったら、よいワキになりそうである。
前シテは喝食の面が頬が豊かな印象で、初々しい雰囲気。黒頭に明るいグリーンの水衣が印象的です。装束を着けたときの細っこいラインが消えて、お声もあと一歩、完成間近といった感じでした♪
後見のキヨは、「祥丸キュン・・☆大丈夫かしら・・」みたいな感じで、ちょっぴし心配そうなお顔で見守っています。
地謡陣は「祥丸キュン★ガンバレ!!」と一致団結、若きシテを盛り立てようと超ノリノリです。
もちろん祥丸くんは子狐の敏捷さで、橋掛りを一心に駆けていきます。
後シテも、太鼓にぶつからんばかりの勢いで飛び出してきました!
何年前だったか、祥人が小鍛冶をやったとき、飛び出してくるやいなや、一畳台に豪快に飛び安座をキメて、鉄床の作り物が白洲にポテっと落ちたのを思い出す。
今回はそこまではナシだったけど、提とともに、カンテンカンテンと神剣を仕上げる様もキマッています♪祥丸くんはひらり、ひらりと鮮やかに身を翻して、それはそれはカッコよかったのでした!
祥丸キュンももう大学生とかで、きっと和風女子にモテモテだろうな〜。。だけどデキる殿方は、乙女心を理解できなくてはダメよ!などと、早くも意味不明な妄想に耽っていたクリコだったのでした。
| 能・狂言 | 17:48 | comments(0) | trackbacks(0)
国立能楽堂特別企画公演 ―観世文庫創立二十周年記念― 世阿弥自筆本による能

解説 松岡心平
復曲能 初演
阿古屋松
シテ 観世清和
ワキ 森常好
ワキツレ 舘田善博
森常太郎
アイ 山本東次郎
大鼓 亀井広忠
小鼓 大倉源次郎
笛 藤田六郎兵衛
太鼓 観世元伯
地頭 梅若玄祥
節付・型付 観世清和
監修 松岡心平
間狂言台本 山本東次郎
※2012年4月29日(日) 国立能楽堂にて。
さてもさてもさても、キヨの「阿古屋松」を観てきまいた〜!
今回、自慢じゃないけど予習はさっぱり!だったけれど、松岡心平による丁寧な解説があり助かりました。
世阿弥の自筆本は11本残っていて、そのうち実際にゼアミンが書いたと思われるのが9本、うち4本が観世宗家が伝わっているらしい。
必ずしも自筆本=世阿弥作というわけではないけれど(世阿弥が書いた「弱法師」「盛久」の能本なんていうのも残っているらしい。=元雅作。)この「阿古屋松」については、「申楽談儀」にゼアミンがコメントを残していて世阿弥作は確実とのこと。
「西行、阿古屋松、おほかた似たる能なり。後の世、かかる能書く者やあるまじきと覚えて、この二番は書き置くなり」と、遺言とも取れる内容で、書いた能本にも「応永34年11月」(1427年)と明記され、世阿弥はこのとき65歳ぐらい、晩年にも近い年齢である。
「阿古屋松」が上演された記録は残っていないけれど、十五世元章がアイ狂言や「弄月之伝」という小書を作ったりしているので、観世の家では舞っていたのではないか?というのがシンペーの意見。
ワキとして登場する藤原実方は、「小さな在原業平」とでもいえる人物で、業平より100年ほどおそく、藤原道長と同時代ぐらい、なんだとか。左中将であったのが陸奥守となったのは左遷ではあるけれど、「歌枕見てまいれ」との一条院の言葉は、単なる風流でない、言葉による国土の支配をも意味しているらしい。
またちなみに、「君をおきてあだし心を我がもたば末の松山波も越えなん」の「末の松山」には、貞観地震の津波の記憶が込められていると、古今集の読み直しも行われているのだとか。
東日本大震災以来、陸前高田の「奇跡の一本松」を多くの人が愛惜するように、日本人には樹木と心を通わせる文化がある。世阿弥が東北の地を一曲の舞台に選んでいるのは珍しく、それが600年ぶりに復曲されて、これも東北の地の応援歌になるのではないか・・等など。
続いて休憩があって、ゼアミン自筆本「阿古屋松」を展示室で観る。例によって、決して麗筆とはいえない実務的な印象のゼアミンの字だ。
そしていよいよ開演。久しぶりに、というほど間は空いていないと思うのだけど、やっぱり少し新鮮な気がした。・・・というか、正直なところ、自分のテンションが舞台のテンションについていけていないのも感じたのだった・・。
海の側に住んでいないので、たまに海に行くと、波音の大きさに驚くことがある。久々に聴く囃子の音も、あまりにうるさ・・じゃなくって、大音にびっくり。この場合は潮騒ではなくて、山中に響く山びこであろうか。能楽って、(クリコにとって)随分遠いところにあるんだな〜と改めて思ったことだった。
さて、ツネ2が金ピカの狩衣を着て、お供を連れて登場です。
相変わらずとても良い声なのだけど、強い調子でタカビーな(笑)雰囲気。
左遷の原因となった藤原行成とのケンカ事件は、「さることありて」と、スルーの実方。
シンペーの解説でも触れられていたけれど、実方はナルシストなうえに怒りっぽく(笑)、その死に方も、笠島道祖神の前で位の低い女神だからと下馬しなかったために、女神の怒りに触れて蹴り殺された、というものらしい。美男子ではあったらしいけれど、どうやら人柄的にはかなり問題があったみたい(笑)。一度失った信用というのは、二度と取り戻せないからなぁ。シンペーが言っていた「小さな在原業平」という形容も面白かった。
そんなタカビーワキのツネ2ですが、あの樵の老人がこちら来たらもの訊こうと、何やら探している様子です。
そして、ついにキヨ登場!!
渋い山賎の風情で、三光尉の面に(←ロビーに名称が掲示してあった)、深緑の水衣、紅葉した葉もそのままの柴を背負っています。
あれなる山人ハ荷が軽きか家路に急ぐか。嵐の寒さに疾く行くか・・・
このあたりは、シンペーの解説によると、田楽の喜阿弥の「炭焼の能」からの引用らしい。キヨらしい渋く力強い声に、秋の落日の陰翳が迫る。
一の松の立ち位置も、正面のクリコから観やすいようにと、ぴっと気を遣う心優しいキヨ☆(←単なる妄想です。)
そんなことは無視して、タカビーくんが早速「阿古屋の松は何処か」と尋ね、意外にも老翁は「知らない」と答える。「身分の低いお前は歌道を知らんから、古歌にもある阿古屋の松も知らんのか」と、タカビーのタカビーたる所以を実方が示すと、シテもさすがにカッチーン!と来たらしく、ぷいっ!と行こうとして、思いとどまりこう語る。
阿古屋の松ハ昔は当国。当時ハ出羽の国に候
世阿弥の時代には、「当時」というのは文字通り「現在」を意味していたのだとか(byシンペー)。
これには閑ふうナビかせ謡で、失笑を表すタカビー(←実方)。
またまた、むむむっ!と怒った様子のキヨが、実方の前に力強く進み出てる。
その昔、日本は三十三カ国だったけど、今は六十六カ国になったでしょうが、だから出羽の国にあるんだよッ!とのこと。あ、な〜るほど、と納得する実方。
上にへつらうな、下々をバカにするなと言うでしょうが、と樵の言葉に、さすがの実方も少しは感じ入り、道案内をしてもらって一緒に阿古屋の松を見に行くことにする。
実方が素晴らしい松の木に感動していると、樵の老人は、なんと自分は塩竃の明神だと明かして消えていくのでした・・。
・・というのが前場だったのだけど、なんだかワキが個性的で(笑)、シテのほうから折れている感じが珍しくて面白かった。ナルシスパワーは神をも超えるようです(笑)。
東北が舞台の曲は世阿弥には珍しいとのことだけど、いかにもな都風を吹かせる新任陸奥守・実方と、反撥しつつ憧れる鄙びた神と、都会から来た転校生を迎えた小学生みたいで可愛い(笑)。
実方を蹴り殺したのは女神だったというのは、実は意味深なのかもしれませんね。(←女性はあまりそういう肩書だとか、序列を気にしないと思うので。たぶん。)
つづいて地元の人として、東次郎のアイがある。聴き取りやすくて妙に現代語的だなぁと思っていたら、これはどうも東次郎の新作みたい??
そして後場。
松の根元で眠る実方の前に、本来の姿の塩竃明神が現れる。
腰巻尉の面(←ロビーに・・以下略。)に、黄緑の狩衣に紫色の紋様で、白い紋様入りの紫の指貫。
髪は輝くような白垂で、初冠から飾り糸がついているのがオシャレな感じ。老人なのに若々しい姿です。
最初は「松の徳」を語るのだけど、やがて明神は実方を真似て舞を舞う。
太鼓入りの真ノ序之舞で、長い序を踏んでいた。都の光がキラキラする。重い老体というより、優美さと繊細さが際立った舞。
カミ様が実方に向って「お前。こうして、こうして、都で綺麗、綺麗に舞ったんでしょ?」と人真似をする光景。黄緑の袖を巻くと、その下の摺箔にも紫の模様がちらりと入っていて、さすがキヨ実方はセクシーである(?)。
ナルシスさながらに、御手洗川に自らの姿を映して喜ぶ実方であり塩竃明神。
世阿弥らしい水鏡のモチーフだけれど、この曲を作ったときに世阿弥の年齢を考えると、老体でありながら、若き日の(?)実方の美しい舞そのままフラッシュバックさせる明神は、1つの理想でもあり、老松であっても常緑の松の姿にクロスオーバーするものがあったのかもしれない。
そういえば全然関係ないけど、私が好きな版画家の長谷川潔も、異国の地で最も窮乏した大戦中のときに、散歩をしていたら一本のニレの木が話しかけてきたと言っていた。世阿弥にも、何かそういう「越える」瞬間があったのかしらね。
・・・とはいえ実はクリコ、このときすごーく草臥れていて、ボンヤリした気分で観ていたので、自分で言うのもなんだけど、なんだかこう、入ってこない、というカンジ?も、ちょっとしたのだった。やれやれ、また出直すこととしましょう。
といいつつ、この次の日は「桃々会」で、祥丸キュンがカッコよかったです♪
(さすがにちょっと気分転換に行くので、次回はおそくなりま〜す。。)
| 能・狂言 | 09:12 | comments(2) | trackbacks(0)
