能楽鑑賞などなどの記録。  
国立能楽堂三月普及公演

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解説・能楽あんない
鏡の虚実 ―能「昭君」の機巧―  大谷節子

 

狂言
濯ぎ川
シテ  茂山千三郎
アド  茂山逸平
    茂山あきら

 

昭君
シテ  観世銕之丞

    清水寛二
ツレ  西村高夫
    観世淳夫
ワキ  舘田善博

 

大鼓  安福光雄
小鼓  鵜澤洋太郎
笛    竹市学
太鼓  徳田宗久

 

地頭  浅井文義


※2017年3月11日(土) 国立能楽堂にて。
※時間の都合により、解説は拝聴しておりません。。

 

 

というわけで、千五郎家の「濯ぎ川」と銕仙会の「昭君」を観てきました〜!
どちらもとっても面白かったです!

 

濯ぎ川。

 

中世フランスの笑劇(ファルス)をもとにした、飯沢匡作の新作狂言とのなのですが、初演は1952年!能楽大事典にも載っているほどで、既に大蔵流の番外曲として申請?されているとかで、千五郎家にとって定番の一曲のようでした。

 

どことなくファルスっぽい(・・のか?)というか、新作っぽく感じられたのは、シテの千三郎が緞子のような生地製の、大きな袋をかついできたところ。中には洗濯ものの小袖が、実際に何枚も詰まっていました。

 

千三郎は入り婿で、奥さん、お姑さんに頭があがらず、こき使われている。という設定で、後半には紙に言いつけられる約束事(仕事)を書きとめるという場面があって、ここでも実際の紙面がが使用されていて、小道具が多いんだな、という印象です。

 

早速、シテは川でじゃぶじゃぶと洗濯をするのですが、ここで実際の小袖を使って演じていたのが新鮮に感じられました。千三郎の、気が小さくてちょっとセコイ旦那さん役がハマリ役。

 

逸平が気の強い、わわしい奥さん役だったのですが、こちらも古風な端正さのある(笑)わわしさでよかった。淡い鶯色に白っぽい花柄の縫箔も綺麗。わわしいけれど美人妻という感じです。
(←要するに逸平びいき。←「ごちそうさん」の頃より、今のほうがシュッとしててイイ☆)

 

旦那さんがわざと川に落とした洗濯ものを拾おうとして、奥さんは流されてしまうのですが、ここも縫箔姿なので足を揃えたまま、器用に舞台からシテ柱付近までゴロゴロっと転がっていくのも上手でした。シテ柱を中州に生えている木のように見立てて掴まる。

 

ここで千三郎が、先程お前たちが作ったお仕事リストに書いてないから、助けてやらないとか言いだし・・・、とかいう展開。もちろん、最後には怒った奥さんに追いかけられて、旦那さんはスタコラと逃げて行きます。

 

舞台に一人残った姑が、ヤレヤレ・・・という感じで、まがった腰の具合を直しつつ、お仕事リストの紙をビリビリと破って丸め、トメる。茂山あきらの姑役も手慣れた感じで非常に上手かったのですが、この最後の場面は大曲めかした余計な『もったい』をつけるかのようで、もっとサラリと終わったほうがよかった気がする。

 

昭君。

 

「昭君」は『世阿弥以前』とも言われる古い曲だそうですが、今回は銕仙会ならでは(?)の古式の演出となっていて、新作の狂言と、古態(を意識した)の能と、対照的といえば対照的な取り合わせだったかもしれません。

 

これまた能楽大事典によると、銕仙会での「昭君」の古式は、観世寿夫が最初に試み始めたらしい。以前、銕仙会で観た「昭君」とはまたちょっと違った(?)演出で、そこも興味深く思った。「してみてよきにつくべし」(byゼアミン)ですわね。

 

現行の演出では、前後で異なる役柄を一人のシテが演じるのですが、今回は二人の役者(てっつんとしみかん)が演じ、中入が無いためアイも登場しません。そういう意味では、この前日にあった銕仙会定期公演の「当麻」とも対照的です。

 

枝ぶりの片側のみ葉っぱが枯れている、柳の木の作り物が登場。枝を折って作ったのだろうか。。本物の柳の木だったと思うのだけど、上手い具合に枯れていて感心する。

 

冒頭には、ワキが扮した中国の里人をやってくるというのも、ちょっと珍しい(?)。こんなところも、職掌がハッキリ分かれていなかった時代の、古作の能らしいのカモ?(シテの訴えるところを聴いてやっている・・という点ではワキらしいのか。)さて、訪ねてきたワキの前に、シテ、ツレの白桃・王母の老夫婦が登場します。

 

皇帝の寵愛を受けていたはずの愛娘が、遠い異国の地・・、というより彼らにしてみれば野蛮人のいる地の果てへ送られてしまい、嘆き悲しんでいる二人。中国ふうの装束なので、二人とも老人の扮装に、丈の長い、側次のようなものを着ています。

 

遠い曲のためか、ちょっと謡に詰まっていたようなところもありましたが、前シテのしみかんの、この悲しみの演技が非常によかった。暗く沈鬱な謡いぶりが、格調高い能の型式を守りつつ、ギリギリと言っていいほどの感情表現であったように思う。

 

二度と会うことの叶わない遠い異国の地に娘を連れて行かれてしまい、さらには、もう死んでいるであろう・・・という二重の悲しみ。

 

画家に賄賂を贈らなかった昭君は、胡国に送られることになり、この柳が枯れるとき、私も死んでいるでしょう・・との言葉を残していったようなのです。老夫婦そろって柳の木の周りを綺麗にお掃除している姿は、これが脇能だったらおめでたさの象徴ですが、この場合は愛しい我が子を想う、哀傷の有り様です。

 

そんな経緯をワキに語りつつ、白桃(しみかん)は感極まったのか、そうだ鏡をかけてみよう!などと強い口調で語り出し、ついには、後見座のほうから大きな鏡を取り出します。

 

王母は「それは仙女の話でしょうに・・」みたいな感じでやや呆れた様子だったのですが、白桃は諦めがつきません。愛娘の残した柳の木であれば、鏡の魔力でその姿を映すことができるかも・・・?!と、なんと正先の柳の枝に、鏡を掛けるのでした。

 

するとなんと・・!夫婦の願いが通じ、一声の囃子で、揚幕がふわりと上がり、王昭君・あっつんの登場です・・・!

 

白い舞衣に赤い大口、王冠に小面という非常に可愛らしい取り合わせ、立ち姿もスラリとして気品のようなものさえ感じさせます。あっつん、綺麗になったな〜!と思った。卑近な喩えで恐縮ですが、急に化粧が上手になった二十代OLみたいな感じです。

 

・・・謡は相変わらずイマイチだったけど・・・。その昔、悪声でも名人と言われる人がいたそうだけど、もうこの際だから一回、声をつぶしてみるとかど〜かね?などと余計なことを思ったことでした。

 

昭君は物語の中では鏡に映った姿なので、大小前のあたりで葛桶に腰かけるのですが、正面から観ていると、柳の枝がジャマで、ちょっと見づらい。。。柳と昭君をオーバーラップさせる意味ではよかったかもしれないけど・・。

 

つづいてなんと!ムコの呼韓邪單于(てっつん)までやってきます!

 

黒頭にベシミの面の非常に恐ろしげな姿で、詞章によると元結もゆえず、耳にはチェーンのピアス?という、なかなかパンクな出で立ちだったらしい。

 

てっつん、前日の「姥」の面に、花帽子の時は全然平気そうだったのに、ベシミの面のほうが、むしろちょっと声が籠り気味だったかも。せっかく義理の両親に挨拶に来たのに、鏡を見ろ・・・なんて言われてしまうのは、ちょっとコミカル。案外、呼韓邪單于と王昭君は、生前は夫婦として上手くいっていたのかもしれません。

 

しかしこの曲の本当の主役は、そうした不都合な何もかもを映し出してしまう鏡自体だったのかも・・・と思う。前シテの白桃が、鏡の力を信じて、その映し出すものを見てみよう・・!と言いだすところが、演劇的には一番の見せ場だった。

 

そして観る人のご想像にお任せします・・、ではなくて、実際にぞろぞろ登場人物が出てくるあたり、古風というよりストレートプレイな感じで、面白かったです。

 

 

 

posted by kuriko | 01:08 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
銕仙会定期公演3月

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狂言
文蔵
シテ   野村萬
アド     野村万之丞

 

当麻
シテ    観世銕之丞
ツレ       西村高夫
ワキ       宝生欣哉
ワキツレ 大日方寛
      野口能弘
アイ    能村晶人

 

大鼓    亀井忠雄  
小鼓    大倉源次郎
笛      松田弘之 
太鼓    小寺真佐人
    
地頭    浅井文義


※2017年3月10日(金) 宝生能楽堂にて。
※狂言は時間の都合により、拝見しておりません。。。すみません。。

 

 

というわけで、てっつんの「当麻」を観てきました〜!
今回もとっても素晴らしかったです!

 

しかし元伯が今回もお休みで、大丈夫なのかな。。。大丈夫じゃないから休んでるんだろうけど。。太鼓は真佐人で、「二段返」の小書も取りやめとなっていました。

 

しかし舞台はとてもよかった。もしかしたら、てっつん自身にとっては、この日の出来はただの通過点で、空前絶後、風味絶佳とはいかなかったかもしれないけど、随所にてっつんらしさにが溢れていたと思う。

 

さて、熊野参詣の帰り道とかいう、欣哉たち旅僧の一行が舞台にやってきます。下掛りなので、ワキの詞章は大成版の観世流とはかなり異なっていたのですが、今回、欣哉も非常に素晴らしかったです。きびきびと橋掛かりを進む横顔が凛々しく、意志をもって旅路を突き進む、求道者の趣きが漂っていました。シテたちと出会ってからも、始終シテの顔から眼を逸らさない、ひたむきな緊張感が。一行は都への途上(下掛りなので)、當麻寺へと立ち寄ります。

 

一声の囃子でツレを先に、後からシテの登場です。

 

シテの化尼は花帽子に、褪せた金銅色のような複雑な色合の唐織。「姥」の面。老女としての気品と、「当麻」にふさわしい格調高さを持ち合わせつつ、奈良の大仏様?!のような重量感と質実さというか、強さみたいなものも、その謡いぶりから感じさせました。

 

そう、どことなく川本喜八郎の映画「死者の書」に登場する、大津皇子であり、彼岸の日に現れる山越の阿弥陀如来でもある、あの面影を感じる・・。観ている側の勝手な思い込みではあるけど・・。

 

実はシテ、ツレの登場の場面で、浄土にも通じる涼しい道を、阿弥陀如来と観世音菩薩の化身である化尼、化女がそっと踏みしめやって来る・・・というには、ちょっと囃子が強すぎるんじゃ〜ないのかな?とも思ったですが、この後のシテの様子を観て、それも納得の登場楽だったのでした。

(←ちなみに川本喜八郎の「死者の書」のエンディングロールに流れる曲も「当麻」です。まだご覧になっていない方は是非。。。)

 

そんなふうに観ていると、シテがあの面を帽子と取ったら、実は中身は凄いイケメンなのかもしれない・・・、という気にもなる(笑)。勿論、中身はてっつんなのだけど・・・、なんつって☆

 

冗談はさておき、「南無阿弥陀仏と称ふれば 仏も我もなかりけり・・・」と、シテ、ツレの作り出す落ち着いた空気がよく、ずっと浸っていたい気にもさせられた。

 

ツレはスタンダードな紅白段の唐織姿で、かといって浮き立つような若さも無く、落ち着いた雰囲気。しっかりと「ツレ」としての演技になっていて感心する。そしてシテもその時々に応じて、印象を変えていったと思う。

 

ここがかの當麻寺と、ワキ僧に向かって語るシテとツレ。そして、あの桜の木が、曼荼羅を作るための蓮の糸を掛けた桜ですか、とワキが尋ね、そうそう、よく分かりましたね・・・とシテたちが答えるあたり。それからツレが笛座前へと退き、ワキも下がり、アイが揚幕から狂言座へと橋掛かりを静かに進んでくる。シテだけが舞台の中央で不動のままになり、時間をどれだけ経ても変わらず立っている老木の姿と重なるようで素晴らしかった。

 

「ただ一声の誘はんや 西吹く秋の風ならん・・」と、シテが心持ち身体を揚幕のほうに向けて、じっと耳を澄ませるするあたり。阿弥陀如来の化身というよりは、ただ木像のように静かで、その姿自体が遠い西方への憧れを象徴するかのようだった。

 

當麻の曼荼羅の謂れをお聞かせください・・とワキに請われ、床几にかかって語り出すと、シテは急に身体まで小さくなったかのように、中将姫の面影を醸し出す。

 

中将姫という人は、大臣家のお姫様であったにも関わらず、とにかく宗教にハマり、山籠もりして、一心不乱に称賛浄土経を毎日読みつつ、いつか生身の阿弥陀如来にお会いしたいものだ・・と祈っていたらしい。

(←もちろん、こんな軽いノリの語りではナイ。涼しいと謡えば本当に涼しげに感じられるような、地謡も表現力もスゴイ。)

 

そこにある日、一人の老尼が忽然と現れて、呼ばれたから来た・・と語った。感激して涙する中将姫。

私が以前読んだ本によると、「南無阿弥陀仏」という称名は、阿弥陀如来がまだ法蔵菩薩であった頃、私の名前を呼ぶ者は、誰であっても必ず救ってみせる・・と誓った言葉でもあるそうな。

 

そして至難の中入り。自分こそがその老尼だと明かして去ろうとした時、シテが脇正面のほうに進めた片方の白足袋が、くっきりと大きくなって、ぴかりと光った・・ような気がした。そして、あっ、雲に乗る・・!と思った瞬間、思いがけず『ざっ』と鋭いほどの衣擦れの音がしたのが、このあとにシテが杖を捨てた時の音以上に、非常に印象的だった。

 

俗世をビリリと切り捨てていく音、一歩進めば、もう二度と元には戻らないという音、そんな不退転の音のように聴こえた。続いてシテが杖を捨てる、カラン・・という乾いた音がする。雲に乗って、シテは静かに中入り。橋掛りを進む横顔が、うっすらと靄でもかかっているかのようだった。

 

アイの能村晶人もかなり頑張って、「当麻」に相応しい品位で語ろうとしていたけれど、ちょっと肩に力が入り過ぎだったかな。。でも、端正で聴きやすい語り口でした。

 

続けてワキたち待謡、出端の囃子で、後シテ・中将姫の精魂の登場です。

 

白地の舞衣に、柄入りの赤い大口。天冠に、少し赤みの入った白蓮の立物。舞衣の柄は鳳凰のようだったけれど、繊細な色調が非常に優美な印象で、極楽に住まう迦陵頻伽のイメージだったのかもしれない。

 

扇と経巻を手に、常座に立つ気品溢れるその姿には気高い強さもあって(←でも常座に立った時、ちょっと肩がすぼまっていたかも。。)、今がその時、ただ一心に信心せよと語る言葉に、信じる心こそ無敵よ!信じる者は皆ここへ来なさい!と宣言するような、求道者としての生前の中将姫を感じる。

 

ワキ僧の欣哉が、これに応えてさっと立ち上がり、経巻を受け取る姿も凛々しい。その魂を受け継ぐ者として相応しい風格です。そしててっつんが「為一切世間 説此難信」と高らかに謡い、地謡ではなく、これを受けて特別にワキが「之法 是為 甚難」と、さらに高らかに力強く謡いあげる、この時の欣哉の謡が、読経のような真摯さも加わり非常に素晴らしかったです・・!

 

文義率いる地謡も非常に良く、シテとともに「ただ頼め 頼めや頼め 慈悲加祐 令心不乱 乱るなよ」と熱狂的な境地を謡いあげ、早舞の囃子も素晴らしかった。弘之のお笛が、どことなく切ないような懐かしいような音色。大小の鼓の良さは言うまでもなく、緊張気味に見えた真佐人も非常に頑張っていました。

 

シテが舞へと取り掛かると、単に優美なだけでなく、かといって生身の人間の苦悩が昇華されていくわけでもない、ここで「当麻」という曲の難しさが(少し)分かったような気がした。前後のシテの人格が違うというだけでなく、前シテは既に阿弥陀如来として悟りを得た人物(?)の化身であり、後シテはその阿弥陀如来を一心に慕って、ついに極楽へと往生したお姫様で、前後の場が逆転している曲とも言えるのか・・・。

 

もちろん、てっつんのその演じ分けも素晴らしく、非常に満足のいく舞台だったのでした・・!

 

 

posted by kuriko | 22:23 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
また明日。。。

 

 

今週末は、久しぶりに二日続けての観能。銕仙会でした。

感想はまたいずれ。。

 

当たり前にこの先もある、と思っていられるのも、有り難いことだこと・・・。

 

 

 

posted by kuriko | 23:19 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
kaburaya

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那須与一のかぶら矢。

山種美術館にて。

 

 

posted by kuriko | 23:25 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
野地秩嘉 「美しい昔 近藤紘一が愛したサイゴン、バンコク、そしてパリ」  「イベリコ豚を買いに」

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たまたまなのだけど、野地秩嘉の著書を続けて読んだので。

 

「美しい昔  近藤紘一が愛したサイゴン、バンコク、そしてパリ」

 

いま、私はフランスに暮らし、フランス語で考えます。主人はフランス人です。でも、私は自分の国はと問われたら、フランスとは言いません。日本と言います。国籍も日本人のままです。また、ベトナムは祖国ですけれど、もう私の国ではありません。
人間にとって、『私の国』とはそこに住んで暮らしていて心地よい国のことではないでしょうか。私はいま日本に暮らしてはいないけれど、時々、帰って日本を満喫しますし、いつも日本のことが頭をよぎります。

 

(本文より)

 

※引用は、分かる人には分かる『ユンちゃん』の言葉です。

 

客観とは何かを考えさせられる本。「サイゴンから来た妻と娘」シリーズで有名な、近藤紘一の生涯について取材したもの。

 

・・・と言っても、このシリーズを覚えている人ってどれくらいいるのかな?私は、学生の頃、本当にたまたま古本屋で見掛けて何冊か手にとったのだけど・・。

(←実はこの頃、『ベトナム戦争を取材した日本人』に興味があった。)

 

本書については、近藤夫人であるナウさんに対して異常に表現が冷たいとの評があるようだ。近藤紘一の人物像の掘り下げ方も、「お坊ちゃん」「女性にモテた人」と、あえて型にはめようとしているようで、いくらか物足りない思いもする。

 

想像するに、著者は取材対象(?)と結婚までしてしまった近藤の取材法とは一線を画すために、あえて冷淡にも平板にも見える視座を貫こうとしたのではないだろうか。そもそもが、紀行文として出発したこともあるようだけど・・。

 

家族の周辺にいた友人たちや、フランスにまで取材に出かけ、養女となったユンさんにはインタビューしているのに、肝心要のナウさんには著者は会っていない。

 

本書の中で、「妻と娘シリーズ」に記されたナウさんの悪妻(?)としてのイメージを定着させているあるエピソードが、実はかなり脚色されたものであったことも明らかにされている。

 

あえて真実を明らかにしなかったのは、近藤への著者の遠慮か、あとは読む人の想像にお任せします・・という近藤ファンへの配慮だったのだろうか。

 

 

 「イベリコ豚を買いに」


それくらい危険な職場だ。危険な現場にいながらも、彼らはわたしたちの代わりに動物を屠っている。食に関する仕事はいずれもそうだけれど、本来ならば食べる人間が自身でやるべきことだ。魚を釣ったり、米を栽培したり、狩りをして動物を仕留めたり・・・。本来はわたしたちが自分でやらなくてはならない。漁師、農民、牛や豚の飼育家はわたしたちの代わりにやっているのだ。現場に行くと、そこに敬意を払わなくてはならないという気持ちになる。感傷よりも敬意である。

 

(本文より)

 

こちらは、著者がかなり身銭を切って(笑)、生活をかけて実体験しただけに、とても面白い本だった。

 

この本によると、食用に飼育された「イベリコ豚」の生涯というのは、大体18ヶ月ということらしい。通常の日本の豚ちゃんたちの場合は、半年程度とのこと。そして日本で「イベリコ豚」と喧伝されている商品のほとんどは、本来のイベリコ豚ではないそうだ。血統や飼育法に厳密な定義があるのだ。

 

でもそのエリートなイベリコ豚たちが、『ああ、オレたちって自然豊かなスペインの森に放牧してもらえて、大好きなどんぐりやハーブを自由におなかいっぱい食べられて、高値で取引きされて、ほんとに幸せだなぁ。。。生まれ変わっても、またイベリコ豚になりたい。。』と、思っているかどうかは不明。

 

イベリコ豚といえば生ハムが有名だが、これまた本来の生ハムというのは、お肉を本当に単純に塩漬けにしたもので、ローマ時代から続く伝統的な保存法とのこと。ベーコンなどの燻製類では、塩漬けほどの長期保存はできないそうだ。

 

そして日本で「生ハム」や「ハム」として安価に販売されているもののほとんどは、調味液にお肉を漬け込んでいるため、お肉が膨張して(!)、製造前より製造後のほうが重量が増え、二重の意味で「おいしい」商品でもあるらしい・・。

 

「どんぐりを食べて育つ」謎の豚の取材から、なんと著者自身が、その豚肉で高級スモークハムの製造業者(?)にまで転身していくわけだけど、「アイディア」と「仕事」の違いについてや、その試行錯誤も面白かった。

 

 

 

posted by kuriko | 22:51 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
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