能楽鑑賞などなどの記録。  
銕仙会定期公演9月 (その2)

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生田敦盛。

 

実は、この曲は仕舞では観ているものの、能一番としては初見。新鮮でした。

 

新鮮・・というより、「生田敦盛」という曲で、現代人を最も当惑させるのは、16、7の紅顔の美少年のうちに死んだ敦盛に、ちゃっかり遺児がいた・・という設定そのものではあるまいか。

能「敦盛」では熊谷直実は一ノ谷で、まだ子供?の敦盛を討ったことを後悔して、出家までしていることだし・・、

 

もっとも当時では、それぐらいでフツウのことであっただろうし、番組に記載の解説によると、そうした内容の御伽草子が違和感なく受け入れられていたらしい。

 

そして今回の舞台でも、当の子方の康介 くんが、まだとても幼く、可愛らしく、謡もいとけないカンジが、ここに居るんだからしょうがないでしょうと理屈を超えた説得力で(笑)、ま〜これぐらいの小さな子ならいてもおかしくないか・・という印象になっていたのでした。(たぶん。)

 

ワキの舘田善博が語ったところによると(落ち着いた物語りぶりがよかった)、この子は道端に捨てられていたのを法然上人に拾われ、後に母親が名乗り出て、平敦盛の御子息と判明したとのこと。(ちなみにワキは素袍上下の、在俗の出で立ちでした。法然上人に仕えているヒトらしい。子方は僧形。)

 

その子が成長し、父親に一目会いたいと賀茂明神に通って祈っていたところ、この日、生田の森へ行け・・・と、神託があったとか。夢の中でお告げを受ける、その場面で、康介くんがチュンと目をつむり、心もち小首をかしげて、ほんとにちょっと眠ったようなリアリズム演技を披露していたのもカワイイ。

 

ということで、二人は生田の森へやってきます。日が暮れてしまい、ちょうど人家の灯りが見える・・というわけで、その家の主は実は・・となるのが鉄板。前半の主役はコドモなわけですが、この辺りの進行はワキが台詞で支えています。

(子方もしっかり長台詞を覚えていて偉かったのですが、これぐらいの年のコは、逆に暗記力がスゴいらしい・・。)

 

実は冒頭から出されていた作り物の引き廻しがあっさりと降ろされ、シテの登場です。
後にシテが語ったところによると、賀茂明神が閻魔大王にかけあってくれたとのこと。

 

あっつん、左の肩がさがってない?と思ったけれど、なかなか綺麗。それ以上に、わが父と気がついて、両手を拡げて駆け寄る子方の演技が・・・。「のおおお〜っ」って。。キュートでした。

 

そして袖にすがってくる我が子を、じっと見下ろす敦盛の目が優しい。この型が何度かあったのだけど、こういう(面遣いがちょっとぎこちないような)脇が甘いような少年の雰囲気は、ベテランには逆にだせない鴨・・・、という気がした。

 

生田の森で・・というのは、つまり敦盛が討死した一ノ谷にも程近いということなのかしら・・??糺の森とか生田の森とか、パワースポット的な意味合いでもあるのであろうか。シテは自分が討死するまでの経緯など語り、親子はつかの間の再会を喜ぶのでした・・。

 

立ち上がってのクセ、それから中之舞と、とにかく型をしっかりと守って、教えられたことに忠実にやろう!というシテの心持が透けて見えるような舞いっぷりが、逆になんだかイイ・・。世阿弥の言うところの、その時々の初心とでもいうものであろうか、少年・敦盛のイメージはあっつんの柄にも合うし、唯一の?!魅力である初々しい、ひたむきさを感じさせる舞台だったことでした。
(もちろん、まだ型をなぞるのに必死だったと、悪く言えないこともナイけど。。。)

 

しかしあくまでそれは仮初めの恩赦であって、閻魔大王からの使いが敦盛、遅しとやってくる。敦盛でさえ、現在の本籍は修羅の時であるらしく、刀を振るって戦い始める敦盛ですが、さすがにこの場面では、もう少し迫力があってもよかった・・かな・・。

 

しかしその時も過ぎて、敦盛は我が子に自分の跡を弔うように頼んで、消えていくのでした・・。


風邪もう治ったと思っていたのに、見所の冷房で身体が冷えてなんだかブリ返し、能楽恐るべし・・と思ったことです(違)。

 

 

おわり。

 

 

posted by kuriko | 10:13 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
銕仙会定期公演9月 (その1)

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養老 水波之伝

シテ    観世清和
ツレ    馬野正基 
後ツレ  長山桂三
ワキ    森常好
ワキツレ 森常太郎

      則久英志

 

大鼓   亀井広忠  
小鼓   鵜澤洋太郎
笛      杉信太朗
太鼓   小寺眞佐人
     
地頭   浅見真州


狂言
蚊相撲
シテ   野村万蔵
アド   能村晶人
     河野佑紀


生田敦盛
シテ   観世淳夫
子方   谷本康介
ワキ   舘田善博

 

大鼓   柿原弘和  
小鼓   大倉源次郎
笛     藤田貴寛
 
地頭   片山九郎右衛門


※2017年9月8日(金) 宝生能楽堂にて。

 

 

というわけで、9月の銕仙会に行ってきましたぁ〜!

 

これがなんだか、とっても良い会でした。なんだか、やっぱり良いなぁ〜、と。目と耳の保養(笑)をしたという感じ。

 

まずはキヨの「養老」から。「水波之伝」の小書つきです。

 

ワキのツネ2、久しぶりに観たけど、やせたっていうか、ちょっとおじいちゃんぽく?なっていてびっくり。ハリのある美声に変わりはないようでしたが・・・。

 

ツネ2たち勅使の一行は、美濃国に不思議な泉が湧き出たというので、帝の命によりそれを確かめに来たとのこと。それは勿論、養老乃瀧・・・じゃなかった、岐阜県にある養老の滝のことで、往時の感覚では相当な山の中・・・。というわけで、辺りに神秘の気配が漂います。

 

一声の囃子で登場した前ツレ、そしてシテは、後場に登場する神仏の化身ではなく、瀧(泉)を発見した生身のに人間とのことなのだけど、脇能にふさわしい、素晴らしい緊張感。

 

キヨは渋い、鬱金色のような水衣に大口のおじいさんの出で立ち。直面の馬野正基も、孝行息子に相応しく実直そう(?)な雰囲気で、藍色の水衣に、水桶を持ち、柴を背負ったまま・・という姿です。(←そういう小書つきでもあるので。)

 

シテのほうも、杖を手にしてはいるのですが、舞台に入って来るときの足取りがトトト・・・と軽い。習慣でつい杖をついてはいるものの、ウワサの泉の効果ですっかり若返っているようです。

 

お前たちが養老の泉の見つけた親子か・・と、ツネ2が声をかけると、案の定、そうですと応えるキヨの声も力強い。老いた父母を養う孝行息子が、たまたま飲んだ泉の水で自分が元気になったので、両親にも飲ませたところ、いつの間にか若返って朝の寝起きもスッキリ、夜の寝覚めも淋しくないそうで、『養老』と名付けた由来を語ります。

 

シテが指し示すには、どうやら能の設定では、泉が湧き出て、それから瀧となって水が流れ落ちているみたい。

 

それから例によって、シテは縷々、水そのもの、あるいは薬の水としてのお酒の功徳を語るわけですが、確かにゼアミンの好きそうなモチーフではあるカモ。そして、いかにもゼアミン好み・・・というだけではなくて、ゼアミンが日本人に馴染みの深い、信仰の原点になるような生活の拠り所から、さらに美意識を掬い上げているのかも・・とも思う。

 

シテがすらりっと立ち上がり、これ、こんなに元気になりましたよと、舞台をぐるりと廻って観せるのも、なんだか微笑ましい。そして神秘の泉を覗き込むようにして、水鏡でその恩恵にあずかる自身を眺める・・。

 

これは帝にご報告せねばと、喜んで都に帰ろうとするワキたちの前に、音楽聞こえ、花降りぬ・・と、さらなる奇瑞が迫るのでした。

 

シテが力強く中入りしたあとに、ツレは来序で中入り。この日はアイ狂言の無い小書つきだったので、時間稼ぎ(笑)的な意味もあるのかもしれないけど、このツレも毎日『薬の水』を飲んでいるわけで、格が上がっているというか、超人的な気配が漂っていました。

 

前場で登場する若い(?)男と老人というコンビは、もちろん「翁」を思わせるし(他の曲でもありますが)、瀧の水がとうとうと流れ落ちるイメージは、とうとうたらりら・・・の一節を思い出させる。

 

続いて常の演出では現れない、しかしながら後シテがさらに本地とする楊柳観音の登場です。白に楽器模様の舞衣、小面の観音さまは大変美しく、可愛らしい。「水波之伝」のほうが、神も仏も水波の隔て・・とする世界観が分かりやすいのカモ。(いやむしろ、分かりにくいのか・・。)

 

観音さまが舞ったあとに現れる山神は、優雅に芍薬の輪冠を着けているものの、黒頭に、渋い黄金地にセルリアンブルーみたいな三角形の模様が入った狩衣で、力強さが際立ちます。金色と水色が互いに映えて、キラキラと輝く水面のようです。山神と観音様が二人並ぶと、水波の表象というよりは、ちょっと夫婦っぽく観える・・・。

 

くっきりと緩急のついたシテの舞は、場所に応じて急流にも大海にも姿を変える、水の神秘を表わしているのか・・。

イロエで橋掛りに出て滝を見上げる際に、片袖を被き、さらに若返った「翁」の如くになる山神・・。翁も神仏習合的な存在だしなぁ・・と思う。

 

そして、「をさまる御代の 君は船・・・」と、キヨは一際の感懐を込めて謡っていたように感じた。

 

君は船、臣は水 水よく船を浮かめ浮かめて・・・

 

偶然とはいえ、このご時世に、往事の天皇にしろ、将軍にしろ、当代を言祝ぐ「養老」というのも、皮肉な話かもしれない。戦争になったら歌舞音曲どころじゃないし、オリンピックも中止だわね・・。

 

鎮魂だけでなく、予祝もまた能楽の大事な役割であったことを思い出す。おめでたさを演じることによって、本物のおめでたを呼び込む、というわけ・・。みんなの願いが叶えばいいと思うけれど、どうだろう・・・。

 


蚊相撲。

 

万蔵は、ちょっとお顔が丸くなったような気がしたのだけど、「隠れもない大名〜!」と名乗った時の声と雰囲気が、萬に似てきたような気がした。萬といえば、品格と大らかさの溢れた大名ぶりが有名だけど、この「蚊相撲」でも、太郎冠者も呆れさせるおバカ・・・じゃない、無邪気さが自然とにじみ出るようでとてもよかった。

 

それに狂言の面白いところは、人間の身分の上下は勿論、獣だろうと昆虫だろうと、とにかく皆おなじ地平で現れるところ・・と思うのだけど、「蚊相撲」はもう、話がシュール過ぎる・・(笑)。

 

従者にしようと呼び込んでしまった怪しい男が、江州守山出身と聞いて、そこは「蚊どころ」だからと、蚊の精が現れたことに納得しちゃってるし・・(笑)。

 

相撲を取る相手が蚊なので、力技よりもむしろ扇がれる風に弱い・・というのも、この曲の面白いところ。蚊を扇ぐお大名が、本当に嬉しそうで、事態の異様さよりも、自分の相撲の勝敗の行方に夢中になっているところも狂言らしい。楽しい一番でした。

 

 

(その2へと続く。)

 

posted by kuriko | 07:22 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
印象的な夢をみたことなど

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先日のこと、珍しく夏風邪などひき、38度を越す熱がでた。
大人の38度は、結構ツライ・・・。人にもよるだろうけど、私は平熱が低いのだ。

 

そこでウンウンうなされながら、丸二日ほど寝込み、その間に様々な夢を見た。

なかでも印象的だったのは、北村治さんの夢を見たこと。

 

おさみゅんが、日本か中国(?)の田舎町で、インタビューに答えたり、写真撮影に応じたりしてらっしゃるのを、遠巻きにギャラリーの一人として眺めている、というものだった。

 

そのあと、みんな(って誰だろう?)で付近を散策したのだけど、町並みは門構えなど立派だったけれど、すべて古びていて一様にぴたりと門が閉ざされ、とても静かだった。

 

お庭を覗くと、カラフルな中国ふうのトーテムポールみたいなものが飾られていて、あれはなんですか、と聞いたら、こちらでは子供が生まれてくると、ああしてお祝いするのです、とのこと。

 

なるほど、死後の国というのは、いくらか現世よりも時代遅れに出来ているんだな・・・と思ったところで目が覚めた。

 

まぁ、それだけ。ちょっとこわい夢だった。

 

 

 

 

 

posted by kuriko | 01:26 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
青栗

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「そんなん分かっとるわ!」と言われそうですが、現在お休み中です。

 

来月あたりから再開しま〜す。

 

 

 

 

 

posted by kuriko | 02:21 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
第34回 テアトル・ノウ 東京公演 (その2)

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承前。

 

神様の前では、有り難さで自然と涙がこぼれるものです・・と応えるシテ。柔らかい息遣いの声です。どちらのお国の方ですか・・、とワキに自らも話しかけるのも、意外にも気さくな様子で、気位の高い都のお姫様たちとはちょっと違う雰囲気。こうしてお坊様とお会いできたのも有り難いことです・・と。

 

いわゆる修羅能だと、前場からシテが戦語りなどして長くなるのですが、「巴」では、前シテは多くを語りません。

しかし日が暮れて入相の鐘が鳴る頃、神となった義仲様を読経で慰めてほしい・・と語ってうつむいたシテの横顔に、えも言われぬ趣がありました。現代語の意味での幽玄とでも言おうか、今にも消え入りそうな儚げな様子なのに、妖しさも漂います。

 

そして下居からふと立ち上がる姿も、白の装束がよく利いて、巴の霊がまるで現実の身体から抜け出る様子を表わすかのようで、強烈な印象でした。「我も亡者の来たりたり・・・」

 

私の名はこの辺りの者に聞いてほしい・・と言い置いて、シテは橋掛りへと消えていきます。この時の背中が、お笛の音色とも相俟って、その寂しげなこと。たそがれ時の、人知を超えたひとときです。

 

中入りで、アイのたかのんが登場し、義仲の最期など物語ります。たかのん、立派な語りぶりです。

 

続けて、義仲と巴の霊を慰めようとするワキ僧たちの前に、巴の霊が現れます。黒い立烏帽子に壺折にした鮮やかなオレンジの唐織、長刀を手にした勇ましい姿です。「巴と云ひし女武者・・・」謡もスッキリと強く凛々しく、前シテとはまるで別人です。

 

しかし自分の恨みは、義仲様の御最期にお供できなかったことだと、床几に腰かけ、その時の様子を語り始める。破竹の勢いだった木曽義仲もやがて運が尽き、僅かな手勢で粟津の原を落ち延びる途中、騎馬で氷の張った深田に入ってしまい必死で鞭を振るう、その様子がシテ自身によって再現されます。

 

その姿に思わずシオる様子を観せたとき、役柄は入れ替わっていたようです。

 

巴も駆けつけますが、義仲は既に深手を負っていて、シテの視線は舞台の正先に。義仲に歩み寄るシテの様子は、義仲が自害した後よりも、はるかに、本当に悲しそうでした。呆然としているというか、痛ましさに言葉も出ないというか。


この時のシテの面遣いの物凄さ、素晴らしさ。正先にうずくまる義仲の姿が、はっきりと観えるかのようでした。自分も一緒に死ぬからと、自害を勧める巴に、義仲はお前は女なのだから、一人行けと言う。そうしなければ、もはや主従ではないと言う。土壇場で自分の名誉を優先した義仲の言葉に、跪いていたシテの肩が、心底がっかりしたように一瞬がくっと崩れ落ちる。

 

そこに再び敵も押し寄せてきて、鮮やかに長刀を振るって敵を蹴散らす巴御前の強いこと。しかしシテが再び正先に戻ってみると、義仲はすでに自害した後だったのでした・・・。

 

しかし巴はこの時は、いくらか覚悟はできていた様子で、ゆっくりと膝をつき扇を拡げ、泣く泣く形見の品を受け取ります。細かな面のうつむき加減で、涙を流し、顔を上げていられないのが伝わってくる・・・。

 

立ち去ろうとして、思わず義仲のほうを振り返る巴御前・・・。

 

そして目付柱のあたりで、刀の上帯を外し、烏帽子も自ら取り去ると、鮮やかな唐織も脱ぎ捨てます。武装を解いたわけですが、その下には白練を壺折にして着込んでありました。虚飾の無い真っ白になった姿で、形見の刀を大切そうに抱きしめる様子が哀れを誘います・・。(←唐織は後見のしみかんが撤収していました。)

 

歩み去るシテは、後見座で素早く刀と黒笠を持ち替えると(息の合ったこの辺りは、後見のマドカが担当)、笠を掲げるようにして橋掛かりを落ち延びていく様子を見せるのでした。

 

自分のこの執心を弔ってほしい・・。終曲、囃子も止んで、見所のほうを見つめていたシテが、ふと揚幕のほうへと踵を返したとき、非常に寂しそうに、悲しそうにも観え、巴の霊が離れ、巫女が我に返っていたようにも観えました。

 

九郎右衛門率いる地謡も、シテの激しい感情の揺れが情景に溢れ出るのを謡い上げるようにドラマチックで、本当に素晴らしかったです。

 

それに今回思ったのは、「巴」という曲はわりと小品のようなイメージがあるけど、演者側からすると、演劇的な見せ場だとか、構成の複雑さ、女武者であり、女らしくもある多面的なヒロイン(シテ)・・と、遣り甲斐のある曲なんだろうな・・と。シズカの女優ぶりも表現の一つ一つがヴィヴィッドで(笑)、見応えたっぷりの舞台でした・・!

 

 

おわり。

 

 

posted by kuriko | 00:21 | 能・狂言 | comments(2) | trackbacks(0) |
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