能楽鑑賞などなどの記録。  
そ〜ういえば

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シンペーって、去年ぐらいに「翁」に関する本を出すとかなんとか、言ってなかったっけ・・?
もうどこかに出てるのかな?? (どこかに情報出てたらすみません。)

 

それとも、その代りがこの本だったのかしら・・・??
沖本幸子さんはシンペースクール出身らしいので・・。

 

第38回 サントリー学芸賞 沖本幸子「乱舞の中世 ―白拍子・乱拍子・猿楽」

http://www.suntory.co.jp/news/article/12785-1.html

 

シンペーの立場じゃ、『翁の根源ですか?宴会芸だと思います!』とは、なかなか言えないかな。。。
キヨがまた拗ねるし(笑)。

 

 

posted by kuriko | 23:14 | 読書(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
12月

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気がつけばもう12月・・・。

更新しておらず、すみません。

 

先日のこと、出先で時間が余ったので、こんな時にたまに善根を積むのも悪くはあるまい・・・と考えて、献血ルームに寄りました。(目の前のビルにあった。)

 

ところが事前の血液検査で、あと0.1ポイントぐらい血が薄い(貧血)とのことで、基準に満たず献血NG。

「せっかくいい血なのにねぇ・・。残念」と、スタッフのお姉さん。
「輸血用の血液は、男性にも使われるので、それにはちょっと薄いんですよね」とのこと。

ナルホド、血液に性別はないもんね・・。母乳も血液から作られるし・・と、妙に納得したことでした。

 

そいだけ。

 

取りかかり遅すぎな感じですが、これからの今月が、今年の山場(?)という感じです・・。

男は別名保存、女は上書き保存なんてよく言いますが、自分で自分の変わりように、最近ちょっと、引いてます・・。

 

 

posted by kuriko | 23:19 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
日本・ポーランド国際共同企画公演 新作能「鎮魂」―アウシュヴィッツ・フクシマの能 (その2)

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開演。

 

囃子方がいつもと同じ、黒の紋付姿で登場。続いて地謡というか、今回はコロスが6人、黒っぽい水衣に袴ふうの出で立ちに灰色の唐頭巾(みたいなの)の姿で、橋掛りからやってきます。笛柱前に、舞囃子のときと同じ形式で三角形を作って座る。舞台は、現在は見学施設となっているアウシュヴィッツ強制収容所です。

 

ツレの高夫―福島からやってきた日本人の男性―と、アイの博治―アウシュヴィッツの日本人ガイド―もやってきた。二人はより現代人ふうというか、ツレは白の着付けに茶色の括り袴、アイもベストみたいな丈の短い萌黄の側次に、着付、袴といった簡素な出で立ち。

 

そして「恐ろしい光景です」と、ツレの第一声。続いてガイド役のアイも平明な現代語で話していた。しかし二人の醸し出す曰く言い難い迫力、存在感(素晴らしかった)は、まさしく古典の舞台のそれで、詞章の現代語としての簡潔な美しさ、その反面、語られている内容の深刻さに、気にしている暇もない。
(後半に蠢き?はじめるコロスたちも、さすが銕仙会と思わせる胆力のある素晴らしい謡いぶりだった。)

 

二人が今、目の当たりにしているアウシュヴィッツに今も残される歴史の証拠品の数々と、「お国は」とアイに尋ねられ、「福島です」と答えるツレの言葉の重さ。そして、自分の息子は津波で死に、故郷は原発事故で汚染され、一緒に避難した妻も亡くなって、自分の家族は誰もいない、と。

 

この新作能は、1945年、そして2011年を経た間違いないく現代がその舞台だし、現代語で話していることが自然なのだな・・と思わせた。ツレ、アイともに無理に抑揚をつけた節付とせずに、わりと朗読劇に近いような台詞廻しにして、聴き取りやすくしていたのも成功の要因かも。

 

そこにコロスが、「春はきよらか 春は緑・・・」と謡う。人為の光景と、自然との対比。前シテも登場します。

 

老人の面、白髪交じりの亜麻色のような垂髪に、薄墨色の水衣、着流の出で立ちです。手には能ふうの熊手を持っています。そしてシテの圧倒的な、端正な存在感は隠しようもない。

 

自分は、津波で息子を亡くした巡礼だと名乗るツレに、シテは、自分はここで遺骨を大地から集めては整理している、かつては61617番だった・・と語る。彼はただの数字として死んだらしい・・。

 

シテ、ツレ、アイはここで、目付のほうに向かって、粛然と彼岸を見つめる。ここで、「帰り来るを立ちて待てるに季のなく・・・」と、皇后の御製。

 

シテは、自分は熊手で大地を梳り、今も葬られなかった遺骨を集め、こうして箱に収めている・・と、小さな箱をその手で示す。
(これが例えば「高砂」の前シテの場合、大地を掃くのは同じように清めの行為だが、やはり同じ意味を示しているのだろうか。)

 

そして、アウシュヴィッツに今も眠る、膨大な人の骨たち―コロス―も、蠢き始める。シテは自分が家族から「アチュウ」と呼ばれていたこと、そして61617番として拷問されて19歳で死んだこと、ツレは、3月11日に息子から電話があったこと、「父さん、間に合わないかも・・」と途切れたことを語る。シテは静かに、ツレは激しく語っていた。そして思わす「父よ」「息子よ」と、呼びかける。

 

中入、シテは一人寂しく、橋掛かりの向こうへと帰って行った。六の字の音色が素晴らしく、シテの背中の悲しげなこと・・・。

 

ここからアイの長い語りというより、長い長い台詞となるのだけど、今回の博治は本当に素晴らしかった。古典と現代劇を折衷した深みのある台詞廻し、万作と萬斎さまに鍛え上げられた演技力と舞台センスが光っていました。

 

そしてかなり踏み込んだ台詞があることに、こんなことまで言っちゃって大丈夫かしら・・。なんて考えている自分に、はっとさせられる。

 

アイによって語られる、ナチス・ドイツによるホロコーストこと、大震災のこと、原発事故のこと・・。これらを結び付けて考えることに、違和感を覚える日本人は多いと思う。

 

しかしヤドヴィガ・ロドヴィッチという個人的な歴史を持つポーランド人(そしてそうした歴史のあるポーランド人はとても多い)が、この極東の島国で震災という理不尽な悲劇に遭遇したことも事実だし、さらに言うなら、ポーランドという複雑な(単純な歴史というのもなかなか無いが)歴史と文化の国の人が、能に出会ったこともまた事実なのだ。

(「ヤドヴィガ」だとか「ミルテ」だとかの名前の響きも、聞く人が聞けば馴染み深いことだろう。)

 

後シテの登場、若き「アチュウ」としての姿で、真っ黒な美しい髪に、壺折りにした白い舞衣、浅葱色の大口で、和風の天使のような出で立ち。面は「十六」のような風貌で、凛々しさとまだ少年の面影を残す造作。そしてその胸には、ミルテ(銀梅花)のリースが・・・。

 

アイが語っていた。アウシュヴィッツから家族に戻されたアチュウの棺は空だったとか。その棺に、妹のリリがミルテのリースを載せた、と。ツレは息子の亡骸を葬ってやりたかった・・と言う。おそらくは、シテであるアチュウの魂は、我が子を想って泣く巡礼の涙で癒されたようだった。

 

コロスたち、弔われぬ死者の遺骨たちも立ち上がる。天災であれ、人災であれ、その死が理不尽であったことに変わりはない。シテは言う、死者たちのために泣けと、そして死によって解放され、自分は天を目がけて飛ぶと。

 

「再生と昇天の早舞」と題されたシテの舞は、物悲しい笛の音色と、力強い大小の鼓の響きで、懐かしいような、高揚するような気持ちにさせられる。てっつんの舞も素晴らしかった。この舞が、あらかじめ示された通りの主題であると素直に納得できたのは、純粋にシテの舞が素晴らしかったから・・だと思う。抑制された能の型にこそある、命のある身体以上の存在感が伝わってきた。

 

そして、シテが舞台に拡げた扇を置いて、大地から埋もれた骨たちを拾い上げる場面、囃子のアシライがつき、逆にすさまじい沈黙を感じさせた。骨を拾い上げようと、俯いたシテの面から表情が消えて真っ白になる。本来もの言わぬ、無数の死者の顔ばせを思わせた。シテは言う、私の身体は木々や虫たち、魚たちの糧となり、自分はもう自由だ・・と。

 

そして今上の御製、「・・・見下ろす海は青く静まる」と、コロスたち(骨たち)と共に謡いあげる。シテを先頭に、死者たちは揚幕の向こうへと去って行く。そして再び、幕の下りた向こうから、「青く静まる」と声が聴こる・・。

 

福島からやってきた巡礼者のツレは、最後に「故郷に帰りたくなりました」と力強く、アイに告げる。失った故郷を再生させたい・・と、そんな強い決意さえ感じさせる終幕の言葉。そして二人も舞台から静かに去る。

 

・・・・。

 

というわけで、非常に感動した、素晴らしい舞台でした。

 

もちろん、アウシュヴィッツもフクシマも神話ではないし、福島に至っては歴史とも言えない。現代語で語られると、さらに生々しい痛みがある。鎮魂としての曲であり、芸術として充分昇華されたものではあったけれど、「今もそれどころではない」と訴える当事者たちもいるだろう。

 

舞台の行き方としては奇をてらうところもなく真っ直ぐで、人がそれぞれの持つ個人的な歴史を、人類の普遍的な物語へと昇華させる作者の文学的な力量とでもいうか、その骨子の確かさと、旅人が訪ねた土地の、その記憶をまとった霊が出会う・・・、能楽の類型の偉大さを思った。その死後に、父(神)のもとで天国で再生する・・キリスト教的な死生観と、死者の魂を慰撫する能楽という芸能の融合も、違和感なく練り上げられていて、よい意味でなんでもありというか、懐が深いとでもいうべきか。
(他の新作の例では、多田富雄の「長崎の聖母」だとか林望の「聖パウロの回心」ぐらいしか見ていないけれど、東西を問わず宗教的な主題とやはり相性がいいのかもしれない。)

 

今上と皇后の御製にも、あの舞台の進行の中で、詞章として演者の声に乗り発せられた謡として聞くと、深く染み入るような優しさと大きさが改めて息づいていた。

 

かつて数多の能は、非業の死を遂げた人たちを慰めるものでもあったというけれど、こうしていま現在の、自分と同じ地平にあるものとしての新作能を観る・・というのも、稀有な経験だなと、思ったことでした。

 

 

余談。

実は私、今上と皇后が、小さな声で話をされているのが聴こえるぐらいの席に座っていたのだけど、もちろん何を話されているかはほとんど分からなかったのだけど、最後に今上の御製が詞章に登場したときに、「陛下の・・、陛下の御製」と、皇后があの綺麗な声で、愛しげに口にされていたのも耳に残った。

 

 

(おわり。)

 

 

posted by kuriko | 22:18 | 能・狂言 | comments(2) | trackbacks(0) |
日本・ポーランド国際共同企画公演 新作能「鎮魂」―アウシュヴィッツ・フクシマの能 (その1)

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清経
シテ 観世銕之丞
ツレ 谷本健吾
ワキ 森常太郎

 

大鼓 原岡一之
小鼓 大倉源次郎
笛   藤田六郎兵衛

 

地頭 西村高夫

 

解説
作者 ヤドヴィガ・ロドヴィッチ
聞手 笠井賢一

 

新作能
鎮魂 ―アウシュヴィッツ・フクシマの能
シテ 観世銕之丞
ツレ 西村高夫
アイ 深田博治

 

地謡(コロス)
   柴田稔
   馬野正基
   北浪貴裕
   長山桂三
   谷本健吾
   安藤貴康

 

大鼓 原岡一之
小鼓 大倉源次郎
笛   藤田六郎兵衛
太鼓 小寺眞佐人

 

作            ヤドヴィガ・ロドヴィッチ
節付・作舞      観世銕之丞
演出・間語り補綴  笠井賢一


※2016年11月14日(月) 国立能楽堂にて。

 

 

というわけで、新作能「鎮魂」を観てきました〜!

 

これがとにかく色々な意味で、心を強く揺さぶられるような作品となっておりました・・・。すごかったです・・!

 

それにこの日は今上と皇后も後半から御臨席で、能楽堂に一歩足を踏み入れた瞬間から、SPの数の多さと緊張感がハンパなかった。。。

 

さて、舞台はまず「清経」から。ポーランド公演も同じ番組立てで行ったとのこと。まず出し置き的に、清経の奥方が先に橋掛りから舞台に現れる。明るい色合いの唐織が、奥方の若さを伝えてきます。

 

続いて、淡津三郎が遥々やってくる。黒い男笠に掛素襖姿のワキが俯き加減に現れたとき、一瞬、あれっ今日はツネ2だったっけ?と思った。常太郎ってば、体型までツネ2に似てきたようです・・。

 

しかしまだまだ、謡に自分の全存在を載せて・・というわけにはいかなくて、ややカタイ、自分の役目に緊張している年若い三郎を思わせます。一方で、健吾奥方のほうも、硬質というよりも少し無機質な印象のある謡だったのですが、段々と感情のこもってくるあたり上手い表現で、プライドの高い、育ちの良い奥様を思わせるのでした。

 

ワキはこれが旦那様のご遺髪です・・と、守り袋を取り出して奥方に渡す。自殺と聞かされ、怒りを抑えきれない奥方の謡に、熱が入ります。

 

そしていつの間にか、消え入るようにワキが切戸口へと退き、泣きながら眠る奥方の前に現れたてっつん清経が、とっても素晴らしかったです・・!

 

てっつんはこの日、二番連続でシテとなっていて、神経を使う新作能の前に御苦労なこと・・と思ったけど、これが思いがけず(?)、とても良かった(笑)。てっつんの中で、数百年前に世阿弥が書いたこの曲と、異国からやってきた人が書いた新作が、違和感なく繋がっているのだな・・と、実は「鎮魂」を観た後に思ったことでした。

 

橋掛りに現れた姿は儚げで、平家の貴公子の魂が彷徨っている様を感じさせます。謡も素晴らしい。一方で、再起をかけた宇佐八幡での冷たい神託を口にする様子は、醒めた目つきで平家を見おろす、威厳ある八幡神そのものを思わせました。

 

もちろん、清経が奥方に一番訴えたかったのは、自分が戦場でどれほどつらかったか、ということ。清経が海に身を投げる前に、最後の笛を吹き、朗詠する際の、六の字の澄んだ音色。自分が本当は、もっとも打ち込んでいたかったこと。シテが舟からくるりと身を躍らせて、沈んでいく表現も鮮やかでした。(意外と身軽というか。。)

 

修羅道では凛々しく戦う様子を見せつつ、最後は念仏のおかげで助かったんだよね・・と、シテは消えていきます。

 

・・・。

 

武将の功名心だとか、戦そのものへの執着というより、こうした人間らしい心の弱さを描いている点で「清経」という曲は普遍的なのかもしれない・・・(と、これも後から思った)。そして、弱いと言いつつ、奥方に自分物語をすることで、最終的には自己完結的に救済があるというところも、何かゼアミンからのメッセージがあるのかも・・と思ったことでした。

 

休憩を挟んで、新作能「鎮魂」の作者ヤドヴィガ・ロドヴィッチさんと、演出をしたケンケンこと(?)笠井賢一による「解説」。
ヤドヴィガさんは、以前拝見したお写真と実物とでは雰囲気がわりと違っていて、理知的な大変お美しい方でちょっとびっくり。日本語も御上手だった。

 

で、「鎮魂」制作に至った経緯の話なのですが、ヤドヴィガさんといえば、あの「調律師―ショパンの能」の作者でもあるのですが、なんとその「調律師」を創っている時点で、ケンケンからは次の新作を勧められていた、とのこと。ポーランド人であるあなたが、「ショパン」の能を作るのはある意味当り前(?)だが、能の根源である「鎮魂」をテーマにするべきだ・・と。

 

アウシュヴィッツをテーマにするのは正直、難しく、抵抗があった。ポーランド人はホロコーストの事実をよく知っており、これまでも数多くの演劇、映画、著作、詩・・の主題となっている。ケンケンから、あなたにとっての、「アウシュヴィッツ」の名から連想するものは?と聞かれたときに、自分の母の兄、19歳で政治犯としてアウシュヴィッツで亡くなったアチュウという存在、自分自身の個人的な家族の歴史を思った・・とのこと。

 

(ちなみにこの時、ヤドヴィガさんからいきなり、「母のアニキ!」(?!)なんて言葉が飛び出して、誰だ、そんな日本語教えたの!と、ちょっと可笑しかった。(←番組の解説には「叔父」とあったけど。。)ヤドヴィガさんは昔、先代の銕之丞(静雪)にも能を習われたそうだし、静雪の口調っぽいな・・と、なんとなく思ったことでした。)

 

そして「調律師」が日本で上演されて間もなく、東日本大震災があり(このとき彼女は駐日ポーランド大使だった)、大使としても忙しく、また日本の人たちの苦しみ、悲しみが分かってつらかった・・と。

 

行方不明者の数が、どんどん増えていくのが報道されるが、人間は数字ではない。一人一人に生命があり、人生があった。そして遺体が見つからない人たちがいることも、悲しく思った、とのこと。

 

ケンケンも、芸能に携わる者も、同じ考え方をする。数字なく一人一人に大切な人がいる、その悲しみ、苦しみこそがテーマです・・と語っていました。

 

新作能は、日本とポーランドを代表する二人が出会う内容とし、ポーランド語で書いて翻訳してもらった。5、6稿までかかったらしい。アイは日本語でアウシュヴィッツをガイドする日本人の男性だが、実際にもそうした方がいらっしゃるとのこと。

 

ポーランドでの公演は、11月1日にアウシュヴィッツの聖ヨゼフ平和教会(イタリア人の募金によって建てられた)での奉納が最初で、11月1日は日本でいえばお盆にあたる万聖節の日。(ポーランドでは)お墓に明かりの飾りつけがされ、とても綺麗なのだそうだ。ケンケンによると、冬至の祭りを起源としていて、今ではハロウィンと呼ばれているが、太陽が最も衰弱し、そして生まれ変わる日でもある。天岩戸隠れと同じで、それは芸能の力によって再生される・・と。

 

また、今回の新作では、ポーランド大使として出席した2012年の歌会始めでの、今上と皇后の御製、

 

津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる  (今上)

 

帰り来るを立ちて待てるに季のなく岸とふ文字を歳時記に見ず  (皇后)

 

の二首に大変感動し、作品に織り込むこととした。「岸」は、季(とき、四季)を越えて、境界線である岸辺、彼岸で待ち続けるという意味で、ヤドヴィガさんによると、「とても秘密のある歌」とのこと。

 

ケンケンは最後に、この能を5年、6年の時間をかけて育ててきた。魂を鎮める―鎮魂の芸能としての能、そして和歌の力を感じてもらいたい・・・と話していました。

 

ヤドヴィガさんが舞台から出る前に、きちんと正面、脇正面にもお辞儀をされていた姿も心に残った。今上と皇后も見所にいらして、いよいよ上演です。

 


(その2へとつづく。)

 

 

posted by kuriko | 23:20 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
銕仙会定期公演11月

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菊慈童
シテ    鵜澤光
ワキ    村瀬提
ワキツレ 村瀬慧
      矢野昌平

 

大鼓   佃良太郎
小鼓   亀井俊一    
笛     藤田貴寛
太鼓   大川典良

 

地頭   浅見慈一


狂言
茶壺
シテ   小笠原匡
アド   能村晶人
     野村万蔵


白式舞働之伝
シテ   野村四郎
ワキ   殿田謙吉 
アイ   野村万蔵

 

大鼓   國川純
小鼓   曾和正博 
笛     藤田次郎
太鼓   三島元太郎

 

地頭   大槻文藏


※2016年11月11日(金) 宝生能楽堂にて。
※すみません、都合により「融」のみ拝見しました。。。

 

 

というわけで、ニュー人間国宝、四郎の「融」を観てきました〜!

 

しかも今回、すっごく久しぶりに(本格的には何年振りかぐらい??)で、脇正面から鑑賞。正面からの観え方の違いに、ちょっと戸惑い。。。ちょっと、盗み見チックというか(笑)、秘密の場面を覗き見しているかのような感覚。

 

そこに、ワキのとのけんが、なんと謡ながらの登場です。いわゆる思立之出というもので、かなり破格な印象で面白い。弔い云々というより、風雅さ重視の雰囲気が伝わってきます。しかも今回は、いわゆる金剛返だったらしいのだけど、ちょっとよく分からなかった。。

 

とのけんは、今回も端正なワキぶりで素晴らしかったけど、なによりも「四郎さんがやりやすいように!」を一番に考えていた気がした。。勿論それはそれでよかった。だけどなんだか、四郎と閑が袴能で「融」をやってたのを思い出すなぁ・・。

 

河原の院にやってきたそんなワキの前に、田子を担いだ不思議な老人がやってくる。桶を吊るした白い紐が、細かく震えている・・・。その田子はすぐに降ろして、右手を水衣の下にしまうと、隠しきれない心の動揺が拡がるかのように、茶色の袖にもざわめきが伝わる。

 

この四郎のトレードマーク(?)のおかげで、今回の「融」は前後のシテの一貫性が非常に分かりやすいものになっていたカモ。面の三光尉の、それをぐっと噛み締めるような表情。しかし謡にまでその振動が拡がっていく・・。

 

声を掛けるワキに、自分は汐汲みだと答える老人。京の都で汐汲みとはいかに・・、かつて融の大臣がこの河原の院に、塩釜を築いたことを老人は語るのでした。

 

ここで、「や、月こそ出でて候へ」と、シテが月に心惹かれて思わず声をあげる、この「や」に思いが感じられてとてもよかった。ムーンライトマジックで(笑)、荒れ果てていた河原の院が、場面が変わったかのように一気に興趣あふれる雰囲気に。

 

この日の地頭は大槻文蔵で、率直なところ、前半は文蔵の声が浮き上っていたようにも聞こえたけれど、段々とそれも気にならなくなった。

 

ワキに促され、融という人物を語り、情熱を傾けた河原の院も今では荒れ果ててしまった・・・と、涙を流すシテ。「融」のワキは、これをさらりと受けとめて、気を変えて名所の山々を教えてくれ、などと言う。

 

そしてこの名所教えの場面、なんだか四郎らしかったというか、このいま現在の、世界そのものを決して忘れるんじゃないぞと、融のこの世自体への強い愛着を感じさせるものとなっていました。次はこっち!と、思わずワキの手を取るシテの勢いの鋭いこと。

 

続いて汐汲みの場面では、四郎ってば、あんなに手が震えるのにだいじょぶなのかしら・・なんて考えていたのですが、全くの杞憂でちょっと驚き。床にがこんっ!と音を立てて桶を着ける音が綺麗に揃って、海面を叩く光景が目に浮かぶようだった。

 

本来(?)、立場的に融の塩釜のほうが遊興で、「松風」の松風村雨姉妹の汐汲みのほうが、よりリアルな労働なわけだけど、「松風」のほうが抽象化されていて、「融」のほうに少しはリアルさ(みたいなもの)が残っているのが面白いな・・と、ちょっと思った。

 

そしてシテは事もなげに田子を降ろして、橋掛かりのほうに抜けてから、池の中に沈み込むように「跡をも見せずになりにけり」となる。

 

万蔵の端正なアイ語り。続いて現れた後シテは、黒い垂髪に白で揃えた装束が良く映えて、さすが育ちのいい融の気品が漂います。

 

しかし、ばらりんっと扇を華麗に投げ落とし、ただ舞台をぐるり・・と彷徨うような姿には、河原の院に浮遊する人魂かのような、えも言われぬ迫力を感じさせました。笛の音色もいい。無色透明な空気に陰りを加えるかのようです。そして後シテにおいても、時折現れるあの震えが、シテの心の抑えがたいやる方なさを示すかのような・・。

 

片袖を被き、光が遮られ今は荒涼とした河原の院を見つめる横顔には、愛着・・では済まない万感が溢れる。この横顔が本当に素晴らしかった。

 

・・しかしここで、露を冠に引っ掛けてしまい、後見の真州が取ってあげていますた。。さすがベテランは落ち着いていて、これしきのことでは全く動じません(たぶん)。

 

曲水の宴の如く、拾い上げた扇の盃で涙を飲み干す融。続いて急ノ舞となって、融の激しさを伝えるものでもあったけれど、ここまで感極まると、融の鬱屈も晴れるかのようでもあり。融の大臣は、月へと帰って行ったのでした・・。

 

 

posted by kuriko | 23:02 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
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