能楽鑑賞などなどの記録。  
第36回 テアトル・ノウ東京公演

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仕舞
花月    味方團
籠太鼓 観世喜正
野守    観世淳夫


舞囃子
天鼓
   片山九郎右衛門

大鼓  亀井忠雄
小鼓  成田奏
笛    杉信太朗


屋島 弓流 素働 奈須与市語
シテ   味方玄
ツレ   武田祥照
ワキ   宝生欣哉
         野口能弘
     御厨誠吾
アイ   野村萬斎

 

大鼓   亀井広忠
小鼓   成田達志
笛     杉信太朗

 

地頭   片山九郎右衛門

 

※2018年5月12日(日) 宝生能楽堂にて。


というわけで、テアトル・ノウ東京公演に行ってきました〜!
(結局、めっちゃ遅くなりましたw。)

 

時間の都合により、九郎右衛門の舞囃子「天鼓」から。どちらかと言えば、声が良く謡上手のシズカのほうが御贔屓のクリコですが(笑)、この日の九郎右衛門は本当に美しく、素晴らしかったです。

 

もちろん天鼓の後シテなわけですが、なにからなにまで、全身に清冽な気合いが漲っていて、神憑りと言っていいほどでした。

なるほど、こちらの天鼓は芸術家の魂というより、死ぬことでエゴも昇華され神になったのか・・と納得させる立ち姿。

 

これは凄まじい・・と思ったのは、先日の後シテ姿だった祥丸GTよりも、直面に紋付姿だった九郎右衛門のほうが、むしろ人間離れして観えたこと。

 

どうでっしゃろ?、すごおまっしゃろ?とでも言いたげな気迫が、さすが京都人、底**悪いな・・(←すみません、単なる偏見です)といった舞いっぷりでした。

 

それに「なりたつ」の愛息らしい成田奏くんも、まだ子供のように見えたけど(笑)、忠雄相手にしっかり打っていて本当に立派でした。打ち方がなりたつそっくり(笑)。やっぱり親がしっかりしてると違うな、と思ったことでした(笑)。

 

そして、いよいよ「屋島」です。

 

今回は重い小書もついているとのことで、囃子方は長裃、地謡も裃姿で登場。前日に引き続いて、ワキは欣哉でした。もちろん「屋島」は大曲で、その役どころも全く違い、この日の欣哉は曲の位に合わせて、ぐっと重々しい雰囲気。沈痛というより、重厚でしょうか。細かな、受ける印象の違いなのですけどね。

 

今回のワキ僧は、都のほうから四国行脚にやってきたとのこと。日も暮れて、名高い屋島の浦に一泊することにするのですが・・。漂泊の僧が名所旧跡を訪れると、必ず何かが起こる・・。

 

大小の鼓も広忠となりたつで、気合いの入り方も凄まじく、壮烈な波しぶきかのよう。瀬戸内海の屋島の波も、この日はハワイのノースショアか・・という雰囲気でした。
(もっとも、「子午線の祀り」によると、内海の分、潮の流れは独特なようですが・・。それは壇ノ浦か・・。)

 

果たして、そこに曰くありげな若い漁師の男と、同じく漁師らしい老翁の登場です。

 

シテのシズカの謡は、老人役ということで抑え気味ながらも、早速に得も言われぬ凄みを感じさせます。それに前々から思ってるのですが、この「屋島」の前場のツレって、一体誰なのでしょうか・・。


以前は、義経を慕う家来の霊なのか??と思ってましたが、「屋島」の前場の進行って「松風」に似ている気がするので、シテの分身なのかも・・。「屋島」と「松風」と、どちらが先に出来た曲なのか知りませんが・・。ツレの取次ぎでワキに一夜の宿を乞われ、最初は見苦しい家なので・・と断るシテですが、都から来た僧と聞いて、考えを変え、泊めてあげることにします。

 

さらには、この地で源平の合戦があったはずだから、昔語りにその様子を尋ねられると、お安い御用とシテは、さらに声も力強く、屋島の合戦の様子を語り出す・・・。

 

「大将軍の御出立には赤地の錦の直垂に・・」と義経の輝く姿、三保谷の四郎と悪七兵衛景清の躍動は、シテ自らがその生命を示して素晴らしい量感の表現でした。

 

中入には、アイに萬斎さまも登場。シズカと萬斎さまの(しかも奈須与市語)取り合わせって、錦上添花とも言えるし、どことなく牛丼カレー的な(笑)ちょっと過剰とも言えるカモ。文句なく素晴らしいけど、ちょっと濃い味付けです(笑)。

 

でも「屋島」の大事の小書もそう言えるのかなぁ〜。あれこれやるし・・。萬斎さまの奈須の語りは、もはや語りではなく、ひとり大スペッタクルの境地。本業(?)でもこういう人を引き込む芸力があるからこそ、他ジャンルで活躍してても、今や文句も出ないのでしょうね。(←いや言うけどw)(←私。)

 

落花枝に帰らず 破鏡再び照らさず・・絢爛たる軍装の後シテが現れ、自分が一番好きだった場所に現れる。「子午線の祀り」でも、義経が自分が最も自分らしく輝ける場所は戦場なのだ・・みたいなことを言っていた。

 

ところが、周囲が文字通りの生死をかけた戦いを繰り広げているさなかに、義経はスローモーションの中に佇むように、あるいは、自分一人がストップモーションに入ったかのように、何事か物思いに一瞬ふける。

 

このとき、大鼓の一閃とともにシテはばさりと、扇を舞台の上に取り落とす。これは、実は義経の弓なのです。あっと言う間に波間に攫われていく自分の弓を、騎馬のまま海に入り、必死で追いかける義経。舞台も狭いほど、ぐるぐるっと爪先立ちのまま巡って行きます。

 

無事に弓を拾い上げたものの、涙を流して諫言した家臣に、自分は命よりも名誉が大事なのだ、と胸を張って(たぶん)応える。・・・弓のサイズを見て、「義経は小兵なり」と言われるのがイヤだったんだって。

 

「大事」なので、中入りの間に交換しておいた葛桶と床几に、シテと小鼓がそれぞれ腰掛けていて。床几の座面の部分(なんて言うのだろう?)が真っ白な布地だったのも印象的でした。源氏の旗色に合わせたのでしょうか。

 

勝修羅ともされる「屋島」だけど、義経のこの時の勝利もひと時のことで、行きつく先はやはり修羅道の世界なのでした。義経と同じく、死後もなお戦うことに取りつかれた亡者たちが屋島の海に大勢現れ・・・。

 

終曲、夜明けに合わせ、揚幕の向こうに消え行く世界を追いかけて、風に乗るようにしてシテがさーっと橋掛かりを駆け抜けて行きます。暗示的に。

 

シズカみたいなウマイ人がやると、舞台として素晴らしかったのは勿論なのだけど、でもこういう感情的なひっかかりが特になく、いわゆる過去の栄光としての屋島があえて舞台になっていて、そこが逆に難しそうだなあ、と思った。

 

義経みたいに戦術には長けていても、時局に負けたような人は、自分が敗者となったという認識もあまり無さそうな気がするし・・。う〜む・・。特に結論なく終わります。

 

 

 

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銕仙会5月定期公演

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狂言
咲嘩
シテ   野村萬
アド   野村万之丞
     野村万蔵

 

朝長
シテ   浅見真州
ツレ   浅見慈一
     長山桂三
ワキ   宝生欣哉
ワキツレ大日方寛
     御厨誠吾
アイ   能村晶人

 

大鼓   國川純
小鼓   幸清次郎
笛     竹市学
太鼓   三島元太郎

 

地頭   観世銕之丞


※2018年5月11日(金) 宝生能楽堂にて。
※時間の都合により、「咲嘩」は拝見しておりません。

 

というわけで、真州の「朝長」を観てきました〜!

 

これがすごーくよかった・・。今ふうに言えば強く「刺さる」演出になっていて、さすが真州という「らしさ」が随所に。てっつん率いる地謡も、大迫力で素晴らしかったです。

 

舞台の進行はというと、そこは勿論、まずはワキ僧・欣哉の登場です。

 

早速に、青墓の宿で自害した大夫の進朝長のお墓詣りに行くところ・・と自己紹介していたのですが、このお坊さんは楽しい名所見物の旅ではなくて、色々と事情のあるヒトなのですよね。従僧も連れていてそれなりの身分も感じさせますが、なかなか沈痛そうな雰囲気です。

 

下掛宝生流の「朝長」の詞章は、観世流とは違うところもあり、混乱させられる(笑)ことも多いのですが、いきなりその事情を明かすようなことをしないのが、下宝のいいところだと思う(朝長が亡くなった直後だとすると、まだ平治の乱も鎮まりきっていない頃の筈なので)。行き会ったアイに道を尋ねたりもしつつ、朝長の墓前に辿り着きます。

 

そこに前シテ、青墓の長の登場です。おや、と感じさせたのが、もともと「朝長」の前シテは、装束は紅無の設定ではあるのですが、それにしてもかなり抑えた地味な色合い。面も「曲見」だったようで、真州の年齢に合わせたのか、落ち着いた、年嵩に観える出で立ちでした。

 

そして、侍女や太刀持ちと思しき人たちを引き連れての、前シテの女性としてはかなり破格の様子ですが、今回のシテは女王然としたところを全く感じさせません。お供の二人と悲しげな春の情景を謡う様子は、(現在の真州の声量もあり)シテが押さえ気味に、あまり主導的ではなかった効果(?)で、あの時は大変だった、大変だった・・と、地元の人たちと、そしてその一人として、口々に語りあうような趣き。ただ墓前に木の葉を手向け、下居して合掌する様子は、シテのみならずツレたちもまた非常に美しかったです。

 

七日ごとに朝長のお墓参りしているというシテが、しかしこの日はいつもと違うものを発見したのは、曰くありげに、同じく朝長のお墓の前で涙を流していた欣哉だったのでした。

 

声を掛けられたワキが朝長に所縁の者だと思わず口にすると、シテの心が波立つように、雰囲気が少し変わる。四十九日も過ぎ、それなりに落ち着こうとしていたのに、また心の傷が開いたかのような様子です。

 

さらに欣哉が実は朝長の乳人だったことも明かすと(下宝では「乳母子」と言ってましたが、詞章の全体を見るとやっぱり乳人のほうがいいのカモ)、自分は朝長に、最期の一夜の宿を貸した・・と話し出す。

 

さらに朝長様の御最期の様子を話してほしいと頼まれると、昨年のある夜、門を激しく叩く音がして、扉を開くと甲冑姿の男たちがなだれ込んで来て・・・と詳しく語るのですが、この時のシテの悲嘆ぶり、まるで涙ながらに語るといった様子が非常に印象的で、「朝長」の前シテは、どちらかというと第三者視点で語るもの・・というイメージを全く覆すものでした。お能と演劇との、ギリギリのリアリティの境を探っていたようにも思う。

 

この夜、まだ少年だった朝長は、膝を射られ深手を負っていて、(能の世界では)自ら命を絶ってしまう。何故にと問いかける義朝に、虫の息で、自分はもう一歩も歩けない。父上の行く末を見届けられないのは残念だが、このまま雑兵の手にかかって犬死にするぐらいなら・・と、「これにてお暇賜らん」と言い残して息を引き取る。

 

義朝と鎌田正清が、朝長に取りすがって嘆き悲しむ様子は忘れられない・・・とシテは語ると、がくっと下居していた足も開いてさらに崩れおち、まるで義朝が朝長を抱えているかのように、一瞬、両手で空気を抱くようにして、それからモロジオリする。

 

まるで、理不尽に我が子を奪われた「藤戸」の母親のよう。それにどうも、この青墓の長は、義朝の沢山いた妻妾の一人だったようなのですよね。完全に母親に(あるいは義朝に)なっていて、これも真州ならではの闌位かなと思う。

 

前シテは想いのたけを語り尽くすと落ち着いたのか、ワキにしばらく自邸に滞在するように勧め、家人にお世話を言いつけて去っていきます。

 

「朝長」は、いくつものパターンの語りの能で、中入での、アイのきびきびとした語りもいい。再び登場したアイは、ワキに朝長のお墓の在り処を教えてくれた人だったのでした。そして朝長の兄弟の死なども語り、朝長様が自害された時は、みんなで嘆き悲しんだものです・・と口にする。

 

さらに朝長を観音懺法で弔うワキの前に、やがて凛々しい武者姿の後シテが現れる。まさか朝長様なのかと、驚いて声を上げるワキ。力強い地謡もさながらオペラの如く、ギリシャ悲劇の如くその場を盛り上げる。

 

父・義朝が裏切りによって討たれたのに対し、朝長はワキの弔いに感謝し、一夜の宿を貸してくれた青墓の長の、その悲しみにも感謝して、この世のすべての男女を親と思えという箴言が、いま自身の身の上で理解できたと語る。

 

しかし魂魄の魄は地上に残って、修羅の苦しみもまた語り始める。源平両家の入り乱れた戦いの様子、矢で足を射ぬかれた時の、さっと袖を捲き上げるあの鋭さ(すごいと思った)、馬たちのいななき。

 

「腹一文字にかき切って」・・と、舞台に両膝をつき、扇で切腹の有り様を再現するリアリテイ。このとき、足が流れるように少し崩れていたのは偶然だったのか、朝長が痛めた足をかばっていたのか・・。

 

幽霊というものは、常に同じ時間の中にいて、そこから抜け出すことが出来ない・・という表現には、なにか深い洞察を感じさせる。

 

亡き跡弔ひてたび給へ・・そう言い残して、朝長は消えていきます・・・。

 

 

 

 

posted by kuriko | 23:46 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
兄弟

 

・・・。

 

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・・・。

 

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この週末は、真州の「朝長」と、シズカの「屋島」を観てきました。

二日続けての水道橋。どちらも大変素晴らしかったです。

 

感想は近々アップしますね!

 

それにしても、朝長と義経って、実は兄弟なのですよね。

朝長は平治の乱での敗走中に死に、このとき幼かった義経は、「屋島」では、まだ源氏の総大将としての夢の中に住んでます・・。

朝長の死に様と、義経の圧倒的なきらめき。でもどちらもその儚さが印象的でした・・。

 

 

 

 

 

 

posted by kuriko | 00:35 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
第47回 桃々会 関根祥雪一周忌追善能  (その2)

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(承前)

 

「天鼓」という曲の面白いところは、天鼓たちの運命を決めた皇帝が、主要な登場人物でありながら役者の姿をとってでは、舞台の上には現れないのですよね。そこが逆に、その存在がこの物語にあっていかに絶対的なものであったかを示していて、面白いと思う。「天鼓」を観ると中島敦の「李陵」を思い出すのだけど、下天の天の声とでもいうか。

 

権力者の横暴と芸術家の自由な魂の対比・・・というのが「天鼓」の現代人の解釈として一般的かと思うのだけど、鼓が打てりゃあオイラは幸せ・・と天命に生きていた天鼓と、それじゃあ道理が通らない、とかく住みづらい世間とのギャップも、もう一つの主題ではないかと思う。

 

でも今や天鼓は人の世から離れ、本当の天界に行ってしまった・・。

 

自分のために催された管絃講に姿を現した後シテは、もはや天才少年ではなくて、黒頭の下の面には鋭さが漂い、風格さえある若き芸術家の趣き。こうして弔って貰えるとは有り難いこと・・・と、軽々と掌を返す皇帝(と世間)に感謝する天鼓。

(←詞章的には、おかげで成仏できたということらしい。)

 

そしてシテが鼓に向かう姿には、大切な鼓に再びまみえた嬉しさと、愛器を自らの分身とさえこだわる芸術家の執念が感じられました。


正面から観ていると、シテが撥を手にする動きと、その背後で腕を構える大鼓や太鼓の動きが時折シンクロして、刃のような音が放たれる瞬間が・・。これにはオオッ!ときたw。(←語彙力)

 

人間の水は南 星は北に拱く・・・

 

「天鼓」という名は、七夕の牽牛星の異名でもあるそうな。今や重力からさえ自由になった天鼓は、星空のもと水面で軽やかに舞い遊び、鼓のほうを懐かしく切なげに見つめる。天鼓はついに、星空よりももっと遠くに帰って行ったのでした・・。

 

おしまい。


・・・。

 

以下、蛇足です。

 

というわけでとっても感動的な舞台だったのですが、最後にあえて言うなら、能2番ともに、地謡がかなり抑え気味に謡っていた弱さには、ちょっと違和感がありました。(繊細な印象ではありましたが。)

 

響かないから弱いのか?響きすぎるから抑えているのか?細縦長のホールでバランスがとりにくい(?)のは分かるけど、この際、だったら地謡うしろの舞台を拡げて、地謡の座る方向を工夫するぐらいのドラスティックさがあっても、い〜んじゃないかしら??と、思う。

 

久々のお能で期待するところも大きかったので、ちょっと書いてしまいました。ごみんなさい。

 

 

posted by kuriko | 01:14 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
第47回 桃々会 関根祥雪一周忌追善能 (その1)

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連吟
  海士

 

仕舞
兼平  高梨万里
夕顔  長宗敦子
花月  岡庭祥大

 

千手 重衣之舞
シテ  観世清和
ツレ  関根知孝
ワキ  森常好

 

大鼓  國川純
小鼓  大倉源次郎
笛    一噌庸二

 

地頭  角寛次朗

 

布施無経
シテ  山本東次郎
アド  山本則孝

 

舞囃子
清経
  高梨良一

大鼓  大倉栄太郎
小鼓  鵜澤洋太郎
笛    一噌隆之

 

仕舞
杜若   観世三郎太
通小町 観世恭秀
芭蕉   野村四郎
求塚   坂井音重

 

天鼓 弄鼓之樂
シテ  関根祥丸
ワキ  森常太郎
アイ  山本泰太郎

 

大鼓  亀井広忠
小鼓  鵜澤洋太郎
笛    一噌隆之
太鼓  小寺真佐人

 

地頭  武田宗和


※2018年4月8日(日) 観世能楽堂にて。

 

 

というわけで、桃々会に行ってきました〜!

 

関根祥雪一周忌の御追善とのことで、なかなかに盛大な催しとなっておりました。
なかでも驚いたのは、久しぶりに観た祥丸GT、恐るべしッ!の成長ぶり。

 

栴檀は双葉より芳し。・・・と言っても祥丸キュンももう、世間一般の年齢的にはオトナになってる筈だけど、文字通りの老成ぶりにビックリコ(←これも久々だ・・)の会となったのでした〜。

 

まずは祥雪のお弟子さんたちの連吟、仕舞から始まり、キヨと知孝の「千手」から。

 

知孝が平重衡役で、囃子方、地謡につづいての登場です。萌黄色の厚板(?)に浅葱色の大口。褐色の掛絡をかけ、直面の姿です。春を思わせるさっぱりとした出で立ちながら、囚われの身として、その姿には沈鬱な気配が漂います。空気をかき分けつつ進むような、ハコビの重さ。

 

つづいて、狩野介宗茂役のツネ2も現れ、鎌倉武士らしく立派な直垂姿で、一ノ谷の合戦で生け捕られた重衡を、いまは自分が預かっていて、云々・・・と語る。

 

そして、シテの千手が訪れ・・となるわけですが、今回の小書の「重衣之舞」は、村上湛らによって近年制作された「短縮版」とのことで、シテの次第での登場やサシの謡なども省略されていたようです。始まってからしばらくの間は、囃子方の手持ち無沙汰感が・・(笑)。

 

戯曲としての要点を絞って極力無駄(?)を省き、かつ舞台としての華は残す、といった展開で、ちょっと『ガラコンサート』的とでもいうか、いきなりサビ(←序之舞)に入っていく全盛期の小室哲哉的とでもいえば分かり易いでしょうか(いや分かりにくい?)。

 

キヨ、知孝、ツネ2と、腕自慢たちが力技で舞台を立ち上げていくわけで、これはこれで見物ではありました。祥雪の一周忌追善のお能で、ツネ2のナビかせ謡にも気合が入ります。

 

キヨのほうは、鎌倉殿の侍女の一人であり、生身の女性である千手の役柄を踏まえて、ぐっと謡も柔らかく優しい雰囲気。

 

一方で、雨の夜に頼朝に遣わされ重衡の無聊を慰めようという千手に、重衡は例によって例の如く、出家の望みは叶わぬかと、不機嫌なままなのですが、これも知孝の硬質な雰囲気によく合っていました。

 

しかし、この「短縮版」というのは、「千手」をこれまで観たことのない人にとってはそういうものかと映るのか分かりませんが、一度でも観たことがあると「短縮」と感じさせるものなのか、少しくらい冗長さがあったぐらいのほうが、生身の人間の心の機微を描いたこの曲の内容を考えると、よいようにも思う・・・。

 

もっとも、御追善だし、あまりベタベタしない内容のほうが、やっぱりイイのカモね。羅綺の重衣たる・・・と、変わらず声の出せるのがキヨ。序之舞も美しかった。

 

自分のためにそっと涙を流し、それでも舞い上げる千手に、重衡も思わず琵琶を引き寄せる。琵琶と琴と仲良く合奏し、ほんの束の間に心を通い合わせるシテとツレの間で『オレいったい、どんなカオしてりゃいいのかしら・・』と、座っていたツネ2のお顔が、今回も可笑しい・・。

 

そんな雨の一夜も明けて、重衡は京へと護送されていきます。ここでもサッパリと、まったく袖を触れ合せることのなかったシテとツレ。重衡の後ろ姿を、寂しげに見送る千手だったのでした・・。

 

このあとは東次郎の「布施無経」、祥雪と縁の深い人たちの舞囃子や仕舞など。

 

「布施無経」で東次郎が、人間いつ死ぬか分からないぞ、みたいなお説教をするのをホントにそうだなぁと、なんだか真面目に聴いてしまいました・・。途中でウトウトしてたりもしたけど・・・。この時、シテもなんとか御布施出させようと必死なのですけどね・・。ふせ、フセ、フセ・・・と何度も言葉に散りばめて、でも全然通じてなくて、ハァ・・と溜め息をついているのが可笑しかった。

 

それにしても三郎太、デカ・・じゃなくってお背の高いこと。祥雪も、なにかの機会で若い頃は長身で苦労したと話してらしたのを思い出した。でももう、そういう時代でもないのカモ。背が高くて綺麗、とか言われそう。

 

もっとも、「うちの三郎太ちゃんに、変な手垢はつけません!!!」(byキヨ)みたいな天衣無縫教育主義はまだ続いているみたいで、力いっぱいの謡ぶりと、素直な舞いっぷりの「杜若」でした。鬘物で云々・・みたいな話は、まだまだ先のようです。

 

そして、いよいよ祥丸キュン改め(←?)、祥丸GTの「天鼓」です。

 

いや〜これがもの凄くてびっくり。祥丸GTは元・天才少年なので「天鼓」の曲自体はイメージにぴったりなのですが、そこは男が美女に化け、女が老武者になるお能の世界。前場からの完成度の高さに吃驚でした。

 

地味な色合いで揃えた、老人の扮装が板についていたというだけでなく、若い人がシテを演じるときの興奮というか、素っ頓狂さみたいなものは、既に微塵もない。ちょっとそうした「若い人」次元は超えているという感じ。

 

前シテ・王伯の息子、天鼓は、母親が鼓が降ってくる夢を見て授かったという不思議な子。しかし皇帝の命に従わず、天から受け取った鼓を差し出さなかったために、呂水に沈められてしまう・・。主を失い、音の出なくなった鼓を打たせようと、前シテが呼び出される・・というのが前段。

 

これが本当に見事なもので、ワキが揚幕に向かってシテを呼び出してからの、姿を現すまでの「タメ」の長さ、謡の息の深さ。知孝と同じ、空気さえもその身に重く、かき分けつつ進むようなハコビ。

 

20代の役者が老人の姿に仮託して表わしていた、彼自身の何かに、ちょっと衝撃を受けました。イヤそれは、息子を失った王伯の悲しみでショ。という話なのですが、それは可能性であり未来であった・・・なんて言えばダサすぎ、運命というといささか重すぎるでしょうか。

 

シテは自分もどうせ殺されるだろうし、それでもいいと思いつつ涙ながらに息子の形見に向かい、撥で打つ。鳴らなくなったはずの鼓はここで妙音を発し、シテ自身も驚いたように、思わず撥を取り落とす。この時、ことさらに音を立てて悲しみを表現するのではなく、そっと、水を打った静けさを表わすかのように落としていたところに、祥丸GTの非凡さを感じさせました。

 

・・・オレが教えたのッ!とかキヨが言ってそうだけど・・。(←後見でした。)

 

 


(その2へと続く)

 

 

posted by kuriko | 01:07 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
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