能楽鑑賞などなどの記録。  
第34回 テアトル・ノウ 東京公演 (その2)

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承前。

 

神様の前では、有り難さで自然と涙がこぼれるものです・・と応えるシテ。柔らかい息遣いの声です。どちらのお国の方ですか・・、とワキに自らも話しかけるのも、意外にも気さくな様子で、気位の高い都のお姫様たちとはちょっと違う雰囲気。こうしてお坊様とお会いできたのも有り難いことです・・と。

 

いわゆる修羅能だと、前場からシテが戦語りなどして長くなるのですが、「巴」では、前シテは多くを語りません。

しかし日が暮れて入相の鐘が鳴る頃、神となった義仲様を読経で慰めてほしい・・と語ってうつむいたシテの横顔に、えも言われぬ趣がありました。現代語の意味での幽玄とでも言おうか、今にも消え入りそうな儚げな様子なのに、妖しさも漂います。

 

そして下居からふと立ち上がる姿も、白の装束がよく利いて、巴の霊がまるで現実の身体から抜け出る様子を表わすかのようで、強烈な印象でした。「我も亡者の来たりたり・・・」

 

私の名はこの辺りの者に聞いてほしい・・と言い置いて、シテは橋掛りへと消えていきます。この時の背中が、お笛の音色とも相俟って、その寂しげなこと。たそがれ時の、人知を超えたひとときです。

 

中入りで、アイのたかのんが登場し、義仲の最期など物語ります。たかのん、立派な語りぶりです。

 

続けて、義仲と巴の霊を慰めようとするワキ僧たちの前に、巴の霊が現れます。黒い立烏帽子に壺折にした鮮やかなオレンジの唐織、長刀を手にした勇ましい姿です。「巴と云ひし女武者・・・」謡もスッキリと強く凛々しく、前シテとはまるで別人です。

 

しかし自分の恨みは、義仲様の御最期にお供できなかったことだと、床几に腰かけ、その時の様子を語り始める。破竹の勢いだった木曽義仲もやがて運が尽き、僅かな手勢で粟津の原を落ち延びる途中、騎馬で氷の張った深田に入ってしまい必死で鞭を振るう、その様子がシテ自身によって再現されます。

 

その姿に思わずシオる様子を観せたとき、役柄は入れ替わっていたようです。

 

巴も駆けつけますが、義仲は既に深手を負っていて、シテの視線は舞台の正先に。義仲に歩み寄るシテの様子は、義仲が自害した後よりも、はるかに、本当に悲しそうでした。呆然としているというか、痛ましさに言葉も出ないというか。


この時のシテの面遣いの物凄さ、素晴らしさ。正先にうずくまる義仲の姿が、はっきりと観えるかのようでした。自分も一緒に死ぬからと、自害を勧める巴に、義仲はお前は女なのだから、一人行けと言う。そうしなければ、もはや主従ではないと言う。土壇場で自分の名誉を優先した義仲の言葉に、跪いていたシテの肩が、心底がっかりしたように一瞬がくっと崩れ落ちる。

 

そこに再び敵も押し寄せてきて、鮮やかに長刀を振るって敵を蹴散らす巴御前の強いこと。しかしシテが再び正先に戻ってみると、義仲はすでに自害した後だったのでした・・・。

 

しかし巴はこの時は、いくらか覚悟はできていた様子で、ゆっくりと膝をつき扇を拡げ、泣く泣く形見の品を受け取ります。細かな面のうつむき加減で、涙を流し、顔を上げていられないのが伝わってくる・・・。

 

立ち去ろうとして、思わず義仲のほうを振り返る巴御前・・・。

 

そして目付柱のあたりで、刀の上帯を外し、烏帽子も自ら取り去ると、鮮やかな唐織も脱ぎ捨てます。武装を解いたわけですが、その下には白練を壺折にして着込んでありました。虚飾の無い真っ白になった姿で、形見の刀を大切そうに抱きしめる様子が哀れを誘います・・。(←唐織は後見のしみかんが撤収していました。)

 

歩み去るシテは、後見座で素早く刀と黒笠を持ち替えると(息の合ったこの辺りは、後見のマドカが担当)、笠を掲げるようにして橋掛かりを落ち延びていく様子を見せるのでした。

 

自分のこの執心を弔ってほしい・・。終曲、囃子も止んで、見所のほうを見つめていたシテが、ふと揚幕のほうへと踵を返したとき、非常に寂しそうに、悲しそうにも観え、巴の霊が離れ、巫女が我に返っていたようにも観えました。

 

九郎右衛門率いる地謡も、シテの激しい感情の揺れが情景に溢れ出るのを謡い上げるようにドラマチックで、本当に素晴らしかったです。

 

それに今回思ったのは、「巴」という曲はわりと小品のようなイメージがあるけど、演者側からすると、演劇的な見せ場だとか、構成の複雑さ、女武者であり、女らしくもある多面的なヒロイン(シテ)・・と、遣り甲斐のある曲なんだろうな・・と。シズカの女優ぶりも表現の一つ一つがヴィヴィッドで(笑)、見応えたっぷりの舞台でした・・!

 

 

おわり。

 

 

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第34回 テアトル・ノウ 東京公演 (その1)

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三笑
シテ   味方玄 (代演)
ツレ   河村晴道 (代演)
     味方團
子方   谷本悠太朗
アイ   野村太一郎

 

大鼓   亀井広忠
小鼓   成田達志
笛     杉信太朗
太鼓   小寺真佐人 (代演)

 

地頭   観世喜正

狂言
舟渡聟
シテ   野村万作
アド     中村修一
     高野和憲

 

仕舞
屋島   観世淳夫
花筐   片山九郎右衛門
天鼓   観世喜正

 

替装束
シテ    味方玄
ワキ    宝生欣哉
ワキツレ 則久英志

      梅村昌功
アイ    高野和憲

 

大鼓    亀井忠雄
小鼓    大倉源次郎
笛      一噌隆之

 

地頭    片山九郎右衛門

 


※2017年7月22日(土) 宝生能楽堂にて

 

 

というわけで、テアトル・ノウに行ってきました〜!

 

いやこれが、シズカすごかったです・・!正直に言って感動した(笑)。ズーシーさすが!と思ったね(笑)!

 

で、まずは「三笑」から。

 

事前の予告では「三笑」のシテ・慧遠禅師は、シズカPapa健の予定だったのだけど、「少し体調不良のため」とのことで、シズカがシテに。親子三人の演能になるかと思っていたので、これはちょっと残念。ご本人も残念だろうけど・・。

 

それに舞囃子ではしばしば出るけど、「三笑」をちゃんとした能形式で観るのも久しぶりという気がする。藁屋の作り物が笛座前あたりに出され、狂言口開で始まるらしく、「赤い羽根共同募金」みたいな羽根を可愛い御帽子にピョコンと差した、チャイニーズスタイルの太一郎の登場です。

 

慧遠禅師の人となり等話していたのだけど、ちょっと面白いなと思ったのは、太一郎って、お顔も声もおとんにそっくりなんだけど、その声で、いくらか萬斎さまふうに色気(?)をつけた張った声の発声になっていて、故万之丞と萬斎さまのハイブリッドみたいな現象が起こっていたこと。これは今後が楽しみになりそうです。

 

そして作り物の引き廻しがパラリ・・・と落とされて、シテがその姿を現します。

 

晋の慧遠廬山の下に居して 三十余年隠山を出でず・・・

 

と、早速に『ばば〜ん!私です!』とでも言うような、凄みのあるシズカの謡。ただ座っているだけでも、湖のような量感のある素晴らしい存在感で、思いがけずシズカ独演二番能にもなって、気合のほどを感じさせます。

 

慧遠禅師(シテ)は、廬山に登って隠遁生活を送り、30年あまりの間、麓の虎渓を超えることはなかったそうな。そこに、陶淵明と陸修静、子方を連れた友人たちがやってきます。子方を出すのは観世流では替えの演出らしいのですが、じ〜さんばかり三人の舞台に、可愛らしい子供がいるのはお互いが引き立ってイイですね。

 

子方は「唐子」とのことで、手には花をもち、着付に小袖を腰巻にしたような出で立ち。おじいさん3人はそれぞれに中国ふうの出で立ちです。

 

岩に腰かけ、滝を眺めつつ語らうオレたちサワヤカOld Boys...というわけで、陶淵明は官僚になったものの、八十日ほどで職を辞して田舎に隠棲し、陸修静は信心深い人物で、彼もまた陸道士と呼ばれた隠者なのだとか。

 

子方が中国ふうにひょうたんでお酌してまわり、ひとさし舞って花を添えると、興を誘われ老人たちも舞い始めます。子方がキリっと凛々しい若葉のような舞だったのに対して、ゆっくりと、楽しげに。というか、唐扇でもやっぱり盃の代わりになるんだななぁ。。

 

そういえば、幽雪も舞囃子で「三笑」舞ったことがあったなぁ、と思い出す。って、私、このとき実は結構眠くなってたんだけど・・。エヘヘ、ごめんなさい。

 

三人は大いに盛り上がり、酔った勢いで続けて橋掛かりへ。そしてそこで、「あんさん、虎渓出てしまいましたやん」(関西弁)となって、どっと笑う。この時の表現は、もちろん狂言とは違うので、笑い声は実際には出さず、三人して唐扇と袖を両手で楽しげに振る。

 

三十年守ってきた誓いを我知らず破ってしまっても、それを爽やかに笑い飛ばすこの飄逸と恬淡。まさしく水墨画の世界だったのでした。

 

続いて「舟渡聟」。

 

もちろん万作が「船頭で実は舅」役だったのですが、軽妙な笑いを取る演技の合間に、万作の荒い息が聞こえてきて、気魄と踏ん張りを感じさせる。舞台にかける執念というか。

 

それに船頭が、そうとは知らずにムコからお酒をせびる時に、ばさっ!といとも簡単に棹を舞台に捨てるのだけど、これが本当に自然に何の気なしに捨てていて(そしてまた拾う)、もう棹も舟も身体の延長線上にあるんだろうなと、船頭としてのキャリアも感じさせたのでした。・・・まぁ、また途中から(半分)寝てたのですが。。。

 

続いて、仕舞もあり、あっつん、なにかちょっと変わったなと思ったら、以前よりは謡のすっぽ抜け具合がマシになったのカモ。ちょっぴりだけど・・・。

 

そして、いよいよ「巴」です・・!

 

欣哉たち木曽からやってきた旅の僧がまず登場。都見物のため、琵琶湖のほとりへとやってきます。

 

アシライの囃子で、静かにシテも姿を現す。今回、「替装束」の小書がついていたのですが、現れたシテに、まず、おお。と思ったのが、真っ白な水衣姿だったこと。その下には、地味な縫箔でしょうか。ふわふわと、漂うように橋掛かりを進んで行きます。

 

「巴」という曲は、実は古いタイプの能で、他流では巫女に巴御前の霊が憑いている・・という設定のものもあるそうな。白い装束はその巫女にも観えるし、義仲をいまだ想って漂う巴御前の人魂のようにも観える。素晴らしい滑り出し。

 

シテは一の松あたりにたたずみ、粟津原の神社の神前で、一人涙をこぼしています。これにワキ座辺から素早く反応するのが、ワキ僧です・・・!不思議やな・・・と、涙する女性に声をかけます。旅心と好奇心。そんなキャッチフレーズが作れそう。

 


(その2へとつづく。)

 

 

posted by kuriko | 01:14 | 能・狂言 | comments(9) | trackbacks(0) |
銕仙会定期公演7月 (その2)

(「鶏聟」は休憩してました・・・。すみません・・・。)

 

そして「殺生石」。後見たちが一畳台と、紫色の「石」の作り物を運んできます。

 

ワキの玄翁和尚と、白い巨大払子を掲げたそのお供(アイ)も登場です。玄翁和尚は高僧だけあって、沙門帽子に大口の立派なお坊さんの出で立ちだったのですが、着けていた掛絡が、「高野物狂」でてっつんが着けていたものと、同じ??だったような??まぁそれだけですが・・・。

 

能弘は独特な、鼻声ふうのクセのある謡い方。でもこういう個人の「癖」を感じさせる若い(?)ヒトって、最近は逆になかなかいないような気がするので、貴重な存在かもしれない。

 

都を目指し二人が那須野を通りかかると、アイが飛ぶ鳥がある石の上で落ちたことに気がつき、ワキはその怪しげな石へと近づきます・・・。

 

それを「のう・・・」と引き留める声がして、シテの登場です。

 

一人の美女が、橋掛かりへと現れる。オレンジと緑青色が大きな段になったような唐織が、綺麗だけれど妖しい雰囲気です。「萬眉」だったらしい面が(解説に書いてあった)、さらに美しい。「萬眉」だけれど、気品を感じさせる顔立ち。

 

とにかくこの日、桂三がとても良く、前シテの魅力をさらに際立たせていました。立ち姿がビシっとして、文字通り筋金が入ったように綺麗です。やや息を含んだような謡声が、かつては内裏にも上がっていたお上品さを伝えています。

 

それは那須野の殺生石だから近づいてはいけない、と話すシテに、ワキはそもそも何故殺生する石なのか、と尋ねる。そこで、シテはかつて宮中にいた傾国の美女・玉藻前、その正体は九尾の狐・・・の話をし、退治された後もその石魂が殺生石として残っていると語る。

 

そして、自分こそがその玉藻前・・・と正体を明かす際に、突如クワっと鬼にでも変じたように謡に凄みが生じます。

 

クルクルっと身を翻して作り物の影に消えていくのですが、この時のキレの良さ、身体の芯のブレなさ加減も素晴らしかった。かつて玉藻前の全身が、明かりの消えた宮中で光って見えた如く、美女の姿のままその本性を表わす、という中入りが、この曲の最大の見せ場かもしれない。

 

アイがシテに問われて、那須野に逃げたこの野干(=玉藻前=キツネ)を犬に追わせたのが、犬追物の起源だとか話している間に、シテはせっせとお着替えです。

 

ワキが払子を振って祈祷をはじめ、やがて石がパッカーンと割れると、後シテ・野干の精の登場。赤頭に「小飛出」の面、前シテの装束の色合いに合わせて、黄緑の法被にオレンジの半切、という出で立ち。しかし、面が「小飛出」だと、やはり男性的というか、オス?の狐に思える。

 

ひらり、と一畳台から飛び降りる身のこなしも素晴らしく、この後は生前(?)の懺悔にと、自分が射られた時の様子など再現するのですが、その技のキレ具合も素晴らしかったです。そして最後に、もう悪いことはしません!と僧に誓って消え失せる。

 

配布の「銕仙」に天野文雄が、「殺生石」について考察を載せていて、シテの玉藻前がワキの玄翁を攻撃せず、むしろ石には近づかないように言ったり、ただ懺悔の様子を自分から見せたりしているだけなのは、実在の僧・玄翁(源翁)の人気の反映なのでは、とあって、なるほどネと思った。

 

たとえば「鵺」みたいな敗者の悲哀・・を感じさせずに、むしろ前シテの美しさ、後シテの技のキレ具合にこの曲の主眼が置かれているのも、この日のシテに合っていたのカモ?カラリと都会的とでもいうのか、ひじょうに技はキレるけど、余計な影みたいなものは残さないのがこのヒトの良さではあり。というか、私がそういう曲でしか観てないのかしら??

 

 

 

 

posted by kuriko | 22:59 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
銕仙会定期公演7月 (その1)

高野物狂
シテ 観世銕之丞
子方 馬野訓聡
ワキ 森常好
アイ 山本則重

 

小鼓 幸清次郎
大鼓 國川純
笛   一噌庸二
 
地頭 清水寛二


狂言
鶏聟
シテ 山本則孝
アド 山本東次郎
   山本凜太郎
   山本泰太郎


殺生石
シテ 長山桂三
ワキ 野口能弘
アイ 山本則秀

 

小鼓 森澤勇司
大鼓 安福光雄   
笛   槻宅聡
太鼓 桜井均
     
地頭 柴田稔

 

※2017年7月14日(金) 宝生能楽堂にて。

 

 

というわけで、銕仙会に行ってきました〜!

 

この日のお能は、「高野物狂」と「殺生石」。「殺生石」は視覚的にも楽しめる曲で、かなりメジャーな印象ですが、「高野物狂」は稀曲というほどではないけれど、ちょっと遠い曲というイメージがある。実は私も「高野物狂」を観るのは、これで二度目、観世流ではなんと初めてなのです・・。

 

この曲は本来は出家を決意して高野山に行ってしまった若君を、守り役が追いかけて行って、最終的には一緒に出家するという筋立てで、他流ではそうなっているらしい。観世流でのみ一緒に故郷に帰る、というふうにエンディングを改変されているとのこと。改変したのは、そう、もちろん観世元章で、その後は廃曲とされていたのを明治頃に復曲したのだとか。遠い曲となっているのもその辺りが要因でしょうか。

 

一緒に仏門に入るのと、故郷でお家を守りましょうとなるのでは、曲の意味が全く違ってくるし、作者(世阿弥ということになっている)も心外なのではあるまいか・・・と思っていたら、なんと、てっつん、ちょっぴりトホホ?!なエンディングになってしまった今回だったのでした。

 

さて、この曲は、(観世流では)いきなりシテの名乗りで始まるようです。

 

地謡、囃子方が座着き、シテ・高師四郎が静かに登場です。亡くなった主の墓参とのことで、掛絡に裳着胴、長袴の出で立ち。囃子事もなく、ただ静かに橋掛りを進む眺めがいい。てっつんの直面がキリリ・・と引き締まっていて、さらにいいカンジです。

 

主の墓に向かって合掌する様子も、左手の掌は伸ばしたまま、右手は数珠を持って丸めたまましていて、ちょっと抱拳礼みたいになっていて、面白い。

 

そしてそこにアイが、主の子、春満さまが行方知れずになったと知らせにやってくる。大切に守ってきた若君の失踪に、その衝撃を、下居のまま、すざっと微かにアイにいざり寄って表現するてっつん。

 

とにかく残されていた御文を読もうと、春満の健気な決意を読み上げるのですが、これも大変素晴らしかった。春満の置手紙に曰く、一人が出家すれば七世の父母が成仏するというので、自分も仏門に入って孝行しよう思う、とのこと。

あなたとお別れするのは名残惜しいが・・・と、てっつんが情感を込めて、実際には白紙の紙を手に読むのですが、子供が書いた、分かりやすい手紙という設定もなんだか興味深い。三年のうちには必ず行方を知らせるから・・・とあるのも、相手の愛情を信じて疑わない幼い感じがいい。

 

そしてやっぱりてっつん四郎は、これは若君の御後を追わねば・・・!と、すぐさま心を決める。その決意を物語るてっつんのお顔が、さらに澄み切っているようで大変素晴らしかった。

 

さて、シテが退場すると、その春満の登場です。一緒に登場したのは、高野山の僧であるツネ2。ツネ2ちょっと久しぶりですが、子方の訓聡くんが大きくてびっくりコ。もう子方というにはちょっと苦しいくらいです。ツネ2はもちろん僧形ですが、今回の訓聡くんは着付に長袴の稚児の出で立ち。

 

ツネ2が語ったところによると、(お能の)例によって春満は僧になりたいと突然自分を頼ってきた・・とのこと。そしてこれまた例によって、観世流の大成本と、下掛宝生流のツネ2とではかなり詞章が違っていて、(ワキの)次第の謡でも、春満は既に出家したかのような内容だったので(花の袖を墨染に変えたことよ、みたいな)、やはり観世流は異質なのかもしれない。ワキ僧は、春満の気晴らしをさせようと、高野山名物「三鈷の松」(←珍しい三つ葉の松ですね)を一緒に見に行くのでした。

 

ここで、若様を想うあまりに、物狂となったてっつんの再登場です。

 

しかし、装束はちゃんと旅モードになっていて、侍烏帽子に厚板、白大口に茶色の水衣みたいなの、という出で立ち。さらに竹の棒の先に若君の手紙をはさんだものを肩に担ぎ・・・が、狂い笹の代わりで物狂らしさをプラスといった姿です。

花の行方を尋ねつつ、若君の御文を肌身離さず・・・と謡うあたり、ちょっぴりお稚児さん趣味も彩りに・・・といったニュアンスでしょうか。

 

ただ率直なところ、いかにも狂気してます!!という雰囲気ではなく、落ち着いた(?)静かな物狂の雰囲気です。「木賊」ほど狂ってはいない。もっとも佯狂でも、そう思いつく時点でかなり狂気に近いわけですが・・。

 

以前読んだ解説本などには、高野山は女人禁制だったから物狂を男にしたのでは、という解釈もあったけど、そのわりにお能の世界は、たとえば「道成寺」等でも女人禁制はあっさり破られているし、逆に単に男の物狂を出してみたかったのでは、という気もする。

 

さらにここでびっくりしたのは、しばらくして子方がいきなり、「これなる物狂をよくよく見候えば・・」とシテの正体に気づいて話しだしたことで、え、もう、「三鈷の松」の前にいたんかい?!と、ちょっとびっくりでした。(ずっと地謡前にワキと一緒に座っていたので。)

 

しかも訓聡くんはもうかなり大きいので、なんというか、整然としたシッカリとした謡いぶりで、この唐突さが際立って、さらにびっクリ。では名乗り出てはと勧めるワキに、子方はもう少しのあいだ様子を見たい・・・と応える、物狂ものでは定番の展開に。

 

異形は高野山から出て行けと注意するワキとシテの掛け合いになって、さらに「三鈷の松」の謂れを語るサシ、クセ・・・と、こちらも理路整然とシテが(実際には地謡が)謡い、かなり長大なものとなって、ちょっと眠くなったカモ・・。

 

続けてシテは舞に入って、中之舞から昂揚した心持ちを表わすように、男舞に移り変わったような舞いっぷりだったのだけど、舞自体は素晴らしかったけど、今にして思うと、この長さがよくなかったんじゃ〜ないかと思う。

 

舞い終えてからもさすがに興奮冷めやらず、畏れ多いことだとワキに許しを請うシテに、子方が高師四郎ではないかと声をかける。そこで、シテも「や、あれにましますは・・」と、叫ぶようにするのですが、なんとここで、続きの台詞を忘れてしまったてっつん。・・・。

 

何度か後見も着けようとしていたけど、収拾がつかず「御意をばなどか背かんと・・・」と子方に駆け寄り、強引に話を終わらせたてっつんだったのでした。雰囲気から察するに、子方を心変わりさせるに充分な必死さを出したかったようだけど・・。

 

ここでシテが慌てず(?)に、それほど見苦しくはならなかった・・のかな・・は、エラかったと思うけど、春満が決心を翻して、おうちに戻ることにする肝心な台詞が抜けることになってしまい、ちょっと意味不明なエンディングとなったのでした。(子方はもちろん、お家に戻ってますた。。ちなみに謡本では、ここでシテは誰がお家の名字を継ぐのですか、とか言って説得することになっている。)

 

・・・。

 

というわけで全体を観た印象は、とにかく不思議な曲だなぁ・・ということ。狂気でない男物狂というところに、むしろゼアミンの(?)狂気も感じる。いつごろ書かれた曲か知らないけれど、男二人がお家だとか、主従関係だとかのしがらみにあふれた俗世を捨て、仏門に入るという本来のエンディングにも、なかなか興味深いものがある。(往事の仏門には仏門で、しがらみだらけだっただろうケド。。)

 

観世流では観世元章が戯曲をイジったことによって、武家社会に迎合した正反対のエンディングになっているのも、作者の狂気と、戯曲の欠点を逆に強調しているかのようで、面白いといえば面白いのカモ。

 

というわけで、いささか消化不良に終わった「高野物狂」だったのでした・・。しみかんの地謡なんかは、イイ感じだったんだけどな〜。。

 


(その2へとつづく。)

 

 

posted by kuriko | 00:42 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
国立能楽堂7月定例公演  

 

狂言
八幡前
シテ 能村晶人
アド 野村万蔵
   山下浩一郎
   野村万禄

 

善知鳥
シテ 観世清和
ツレ 清水義也
子方 清水義久
ワキ 宝生欣哉
アイ 吉住講

 

大鼓 柿原弘和
小鼓 曽和正博
笛   一噌庸二

 

地頭 角寛次朗

 

※2017年7月5日(水) 国立能楽堂にて。
※狂言は時間の都合により拝見しておりません。

 

 

というわけで、キヨの「善知鳥」を観てきました〜!

イヤ〜、この日のキヨはホントすごかったです!久々の大爆発キヨでした!

 

で、まずは、出し置き的に、子方とツレ(シテ猟師の妻子)が舞台に現れます。彼らの登場はまだ先なので、存在しない態でワキ柱のあたりにそっと座る。子方がまだ小さくて、長袴で転ばないように用心して歩いているのが、よちよち・・という感じで可愛い。

 

続いて、ワキ僧・欣哉の登場。立山見物をしてから、陸奥にも向おうかという諸国一見の僧です。都見物にと地方から上京してくる僧というのは結構いるけれど、陸奥に行こうかという僧は、能では少数派かもしれない。

 

そして欣哉のハコビが大変美しく、地獄の風景にも擬せられる立山の山中で、「地獄に仏」とはまさにこのこと・・・と思わせる風姿です。

 

そこにやっぱり・・・、ということで前シテの登場。のうのう・・とワキ僧に声をかけ、呼び止める不思議な老人です。キヨは焦げ茶の水衣、質素な老人の出で立ちながら、謡の端々に抑えた力のみなぎるところが、只人ではない迫力を感じさせます。
(←ワキもこの後、ツレたちに「そのさま凄まじき老人の・・」と語るのでした。)

 

シテは頼んで曰く、昨年の秋に亡くなった猟師の家を訪ねて、その家にある蓑笠を猟師に手向けるよう伝えてほしい・・とのこと。

ワキ僧も戸惑い、それでは納得してもらえまい、と言うと、ではその猟師が亡くなる時まで着ていた着物の袖を・・と、なんとシテはみずからの着物の袖を、さらり破いて渡すのでした・・。

 

それを舞台から橋掛かりのほうまで、さらさらと歩みを進めて出向き、袖を受け取って、また山を下っていくワキ僧。余計なものがない動きが美しい。それを切なそうに見送るシテ・・。

 

シテが橋掛かりから一歩も出られず立ちつくし、ワキがテクテクと舞台を進み、その舞台の端にツレたちがじっとしている様子は、あの世とこの世の距離感というか、さなさがら地獄ロードマップでもある「立山曼荼羅」の光景を思わせます。ワキが里人のアイに、昨年亡くなった猟師の家はあるかと尋ね、やがて辿り着くその様子も、順序立ててあるところがよりそれらしい。

 

さて、猟師の家には、未だ悲嘆に暮れている妻子の姿があったのでした。ツレはドラマチックというか、ちょっと派手(?)な謡いぶり。いささか大味でしょうか。

 

ワキの話と、証拠にと渡された片袖が、亡き夫のものと気が付き・・・というあたりで、私もすごーく眠くなっていて、ちょっと朦朧・・。ともあれ、ワキが手向けの笠を正先に置き、猟師の弔いを始めるのでした・・。(←欣哉よ、ゴメン。。)

 

そしてここに、本来の姿となったシテの霊が現れる。黒頭に「蛙」の面で、死後もなおやつれ果てたような姿です。

 

ツレも驚きつつも、さぁお父さんよ、というように子方を立ち上がらせて、シテの前へと進ませるのですが、シテの罪障のために、我が子に触れようとすると、逆にその姿が見えなくなってしまうのです。子方はクリコの心配をよそに、上手にツツツっとシテの前から退いていきます。

 

「千代童が髪を掻き撫でて あら懐かしやと言わんとすれば・・」

 

と、ここで、それまで抑えられていたシテの感情が、いきなり爆発する。少なくとも今回は、そのように聴こえるキヨの強い謡いぶり。これはいくらなんでも理不尽なのではあるまいか、と、怒りさえ感じさせるそんな感じに。(ここでクリコも、バチっと目が覚めた。)

 

しかしこれも生前の報いかと、シテはがっくりとうなだれるように下居して、自分だって好きで殺生を営んできたわけではない。士農工商の家にも生まれず、琴碁書画を嗜むような身分にもなれず・・・と語る。

 

善知鳥という鳥は、親鳥が「うとう」と鳴けば、子が「やすかた」と答えるので、その習性を利用して狩りをするのです。こんふうに・・と、シテは「うとう」と呼び掛けるのですが、これが驚くのほどの長い息を使った大音声で、我が子を探して呼ぶようでもあり、地獄を自ら呼びよせているようでもあり。呆気にとられるような大迫力となっていました。

 

ここからはカケリとなって、その善知鳥の雛を狩る有り様を示すのですが、ここでもキヨ本来の強烈なまでの集中を感じさせる。ここか、あそこかと必死の態で探し回り、自分に手向けられたはずの黒笠の影を雛に見立て、エイッ!と捕まえると、前を向いたままシテが背後にビシッと投げ捨てた杖が、そのまま弘和に命中してました・・・。

 

弘和も勿論、平然と打ち続けていましたが(←偉い)、内心「あ〜っ!あ〜っ!びっくりした!御宗家、ひでぇ・・」とか思ってただろうなぁ・・。そんな暇ないか・・。

 

そう、殺生するのはつらい・・と言いつつ、いざ狩りに出てしまうと本能に突き動かされ、ただ目の前に獲物に熱中してしまう・・・という人間の罪深さが、実に端的に描かれる。「三卑賤」に共通したテーマでもあるし、この「善知鳥」という曲、お能の深さを感じさせます。

 

もちろん間接的にせよ(フムフムと、したり顔で観ている私自身も含め)、殺生に関わったことのない人間など、この世にはいないわけだけど。(乳幼児ぐらい?)

 

でも今回、なんともキヨらしい・・、と思わせたのは、シテが熱中すればするほど、むしろ孤独を感じさせて、ちっとも楽しそうではなかったところ。もちろん、シテの猟師はつい夢中になって善知鳥狩りをしているのですが、我を忘れているそんな猟師を、ちょっと醒めた目で見ているキヨ・・も同時に感じさせたのでした。

 

キヨがドライに演じていたという意味ではなく。シテが(おそらくは)物寂しい山奥で、雛鳥を捕まえている光景そのものに哀感があるというか。(おそらくそうでなければ、逆に猟師のあの必死さも表現できないのだと思う。)
 

舞台の進行も、地謡も囃子も激しく、そうとは気づかぬうちに嵐のただ中に、ただ一人立っているシテ、キヨ。を感じました・・・。親鳥は、我が子が捕まえられてしまったのを、血の涙を流しながら見守る。突然の血の雨に、シテは黒笠を頭の上に持ってこれを避けようとする。しかし本当の地獄に落ちてしまうと、その手向けも届かない。

 

キヨが橋掛りから舞台に向けて笠をびゅんと投げると、詞章の通り「かささぎ」の如く、くるるっとカーブを描いて、見事に子方の前に落ちる。

 

「善知鳥やすかたと見えしも 冥途にしては 化鳥となり・・・」、善知鳥が猟師に襲い掛かるのです。シテは銀の扇に持ち替え、キラキラとした光が、怪鳥の姿となった善知鳥の鋼の爪を思わせます。一転して、逃げ回るシテではなく激しく怒る鳥たちに視点が変わったような。そしてシテはただ、助けを求めながら成仏することなく消えていく・・・。なんとも暗いエンディング。

 

殺生そのものと、親子の絆を悪用するような残忍さが、終曲を救いの無いものにしているのかな?それとも殺されてた鳥たちの怒りそのものが、実はこの曲のテーマなのかもしれない・・。

 

 

posted by kuriko | 23:48 | 能・狂言 | comments(4) | trackbacks(0) |
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