能楽鑑賞などなどの記録。  
銕仙会定期公演10月

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狂言

呂蓮
シテ   野村万作
アド   中村修一
     飯田豪

 

遊行柳
シテ   清水寛二
ワキ   宝生欣哉
ワキツレ大日方 寛
      則久英志
アイ    深田博治

 

大鼓   柿原崇志
小鼓   幸清次郎
笛     一噌庸二
太鼓   小寺佐七
     
地頭   観世銕之丞

 

 

※2017年10月13日(金)  宝生能楽堂にて。
※時間の都合により、狂言は拝見しておりません。

 

 

というわけで、しみかんの「遊行柳」を観てきました〜!

 

いや〜、これがめちゃめちゃカッコイイ「遊行柳」で、ちょっと感動・・・。素晴らしい舞台でした。

 

まずは、今回のワキ・遊行上人の登場です。欣哉の遊行上人も非常に良くて、淡いグレイの水衣に白大口という清廉さを感じさせる出で立ちながら、従僧を連れた大口僧に相応しい風格と押し出し。「六十萬人決定往生」の御札を配りつつ、諸国を廻っているらしい。力強い謡にその使命感が漂います。

 

その一行が白河の関を過ぎた頃・・、幕が上がり、その向こうから「なうヽ・・」と呼びかける声が聴こえてきます。その姿は観えず、しっかりした声ながら風に吹かれて、少し途切れがちに聴こえるかのような声です。早くもシテの工夫の程を感じさせる。

 

この声に、地謡座に向かっていたワキたちがゆっくりと歩みつつ、その足を留める。この場面がスローモーションのような効果を上げていて、とても印象的でした。ワキたちは幾つかの分かれ道で、大きな新道のほうに行こうとするのだけど、きっとあんなふうに、呼びかける声に気づかず、行き過ぎてしまった旅人が何人もいたに違いない。


しかしワキたちは足を止め、声の主も「やった!足を止めた!」と思ったのではなかろうか(たぶん)。姿の観えない声のほうに向かって、ワキが御札を御希望なら、はやくこちらにいらっしゃい、みたいなことを言う。

 

ようやく姿を現したシテは、ほっそりとしたおじいさん。細いのでかなり背が高く観える。しみかん、以前に比べるとだいぶ痩せてしまったけれど、その正体が柳の老木という人には相応しい姿かも。

 

でもその声は大変にカッコよく、艶のある声なのだけど、少し陰りを感じさせるような声です。先代の遊行上人が通った旧道を教えるからと、一の松あたりから少し袖をあげて、ワキを手招くような所作も、隙なくキマっていて、非常に端正でした。

 

おおお、なんてカッコいい柳の木・・・と思っていたら、今回それ以上に(?)カッコよかったのが、てっつん率いる地謡で、重厚かつエッジィ、ノリよく力強い鉄壁ぶりで、とにかく素晴らしかった。旅人の行き来も途絶え、荒れ果ててしまった光景の描写が、お上品な絵空事ではないワイルドな東北の自然として織りなされていきます。

 

そして、シテはワキを旧道へと案内し朽木の柳を見せるのですが、緑色の柳の葉を載せ淡い褐色の引き回しをつけた作り物を、シテとワキがつくづくと見入っている様子を観た時、観世信光と言われるこの曲の作者が、いかに先人たちの遺産を享受し、憧れていたか、ありありと感じられたことでした(ような気がした)。

 

「遊行柳」がゼアミンの「西行桜」へのオマージュであるという話は有名ですが、旅人とその地に宿る精霊との邂逅だとか、草木成仏だとか、散りばめられた昔語りだとか、とにかく能チックな設定すべてが、詰め込まれている・・という気がする。

 

加えて、今や蔦葛が這いまとった老いてしまった柳の木・・の姿を描写する欣哉の謡もまた、こっくりとした味つけながら渋い味わいで素晴らしかった。謡上手たちの饗宴といった趣き。

 

シテが語って曰く、この柳の木は、かの西行法師が東北に旅をしたときに、しばしの涼を得るためにその木陰で休み、一首お詠みになったのです・・とのこと。(都ではなく、そこから遠く離れた柳の木・・という設定がイイですね。朽木の柳自体も名所となったわけですが・・)

 

やがて柳の木の前に下居して、これも御縁と遊行上人からの御札を有り難く受け取るシテ。毅然とした様子で、御札を差し出すワキ。非情のはずの草木が、御仏の救済を受けるその瞬間です。上人の御前を辞したシテは、柳の木陰に消えていきます・・・。中入。

 

ふかたんの語りも、キリリとしつつ抑揚があってよかった。朽木の柳が有名になったのは、西行法師のおかげと改めて語られる。都の桜は自身が有名過ぎて、西行とお互い文句の一つも言い合うわけだけど、朽木の柳は逆に感謝しているというわけかしら・・。

 

ワキたちの待謡の後に、やがて作り物の中からシテの声が聴こえてくる。強いながらも憂いを感じさせるような声。「あなたは遠くに行ってしまったことよ・・」と漢詩の一節も引きつつ、しかしついに仏の教えを受けたと、その喜びを語っています。

 

引き廻しが降ろされ、シテがその姿を現す。風折烏帽子に薄い赤銅色のような狩衣、苔むしたような深緑の大口。真っ白な垂れ髪に、面は「皺尉」とのこと(from解説)。

 

釈迦既に滅し 弥勒未だ生ぜず 弥陀の悲願を頼まずは いかで仏果に到るべき・・・

 

今回、とにかくシテもワキも地謡も、謡が素晴らしかったので、全てがドラマチックに聴こえる。囃子もよかった。佐七、とにかく大活躍。今は東奔西走かな。

 

続いて、柳にまつわる様々な物語とその活躍(?)が語られるわけですが、桜の木に比べるといくらか地味な存在の、柳の頑張り(笑)を感じさせる。

 

その中には、蹴鞠に来ていた柏木が、猫の悪戯のせいで女三の宮を垣間見てしまう場面も。手飼の虎の引綱も・・と、両袖を揃えて左に揚げる面白い型です。

 

そして舞に入る前の「教へ嬉しき法の道 迷はぬ月に連れて行かん」なんて、J-POPかというくらいキャッチーな詞章と昂揚感のある謡いぶりで、しびれる程でした。

 

序を踏む様子は、心持ち面を上げ気味にして、まるで蹴鞠の型のよう。彼は夢見ているのだ、遠い都の光景を・・と思った。

 

「遊行柳」の舞は、弱々しい老人の舞とされているけれど、今回のしみかんは何からなにまでカッコよく決まっています。囃子も狂おしいほどの盛り上がり。この老いた柳の精も心の中では、若くして恋に死んだ柏木衛門督であり、23歳で出家し放浪の旅に出た、西行こと佐藤義清である・・、そんな憧れに満ちている・・と思わせた舞台でした。

 

しかしその正体は、都から遠く離れた地に生えた柳の木・・というわけで、舞い終えるとシテは寂しげに立ち尽くすのですが、その姿もまた、美しかったのでした・・。

 

 

posted by kuriko | 01:26 | 能・狂言 | comments(2) | trackbacks(0) |
観世会定期能十月 (その2)

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ワキがあげてくれたお経のおかげで定家葛もほどけ、シテはようやくその手も動き、その声も和らいだかのようです。さらに言えば、シテは我に返ったというか、カチコチに石化していた心身も、本来の自分らしさを取り戻していたようにも観えました。

 

ゆっくりと立ち上がり、作り物の中から、そろり・・抜け出して来るシテ。序之舞の序を踏む姿は、地面につく自らの足をそっと確かめているかのようで、たいへん美しい姿でした。

 

この序之舞は自由になったことへの報恩の舞であり、美しかった(?)過去への、追想の舞でもある。と、される。
もちろん、そこはキヨ流なので、そこには過剰な情念だとか悲哀だとかいったものではなく、舞はあくまで格調高く清澄で、舞としての美を表出していたと思う。

 

観客はそこにあれこれ妄想を膨らませるのだけど、だけどシテ本人たちも、それが式子内親王であれ、シテの役柄が誰であれ、舞そのものに没入し、昇華させることによって、逆説的に言えば一時的にでも全部忘れることによって自分の存在を確かめ、心慰めることができるのではあるまいか。(という気がした。)

 

しかしシテは、葛城の神のように葛に縛られているうちに、こんな醜い姿になってしまった・・と自らを恥じて、舞うのをやめる。でも観ているほうは、(今回は特に)シテがその美しさというか、命脈を保っていたのは、むしろ定家の執心があればこそで、実は葛がその栄養補給もしていたのでは・・とさえ思わせる。

 

また石塔に戻ろうかというその時、シテは作り物に入るのをためらうように少しのあいだ静止して、心を鎮めていたように観えた。葛が再び石塔を覆い尽すその様を表わして、右から入り、正面から出てまた右を二度繰り返し、最後に左から入る、という凝った行き方で、葛のほうも、内親王が戻ってきたことで息を吹き返したかのよう。そして二度目にシテが作り物から出る時に、ふわり。と、伸びていた葛の蔓の一本が、シテの右の肩に乗り、定家が手を添えているかのようだった。

 

薄灰色の長絹に葛の緑が映えて、このときのシテの姿がなんとも可憐で、やはり定家葛が内親王を引き留めているようにも、守っているようにも思わせる。シテは扇でその顔を隠し、葛の中に姿を消していく・・・。

 

内親王と定家が、死後も二人一緒に過ごしているというのは、仏教的には成仏不可能な状態だけど、現世の二人にしてみれば、幸せな状態なのかもしれない・・。シテが冒頭で、自分ではなく定家のことを弔ってほしいとワキに願うのは、自分の縛めを解いてほしいという願いもありつつ、定家を地獄に置いていくのはなくて、二人して救われたいという思いもあったのではあるまいか・・。

 

かなりシテが両性的だった前場で、そして後場で、もう一人の主役、定家の存在をこれほど意識させられたというのも、新鮮な驚きだった。

 

・・・と、色々と思わされたキヨの「定家」だったのでした〜。

 

それに銀座の観世能楽堂は、初めて入った時には少し圧迫感もあったけれど、人間いい加減なもので(笑)見慣れてしまうと、「定家」の曲にも合っていたというか、これはこれで世界だな、という気がしたことでした。

 

全体に2時間を超える舞台となった今回も、まったく途切れることのなかったキヨの緊張感と集中力が、(そのイラつきも)ビリビリとダイレクトに伝わってくる。案外、体験型アミューズメント(?)施設なのかも・・・と思ったことでした。。

 


おわり。

 

 

 

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観世会定期能十月 (その1)

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定家
シテ  観世清和
ワキ  福王茂十郎
アイ  山本泰太郎

 

大鼓  亀井忠雄
小鼓  大倉源次郎
笛    一噌庸二

 

地頭  野村四郎

 

狂言
伊文字
シテ  山本東次郎
アド  山本凜太郎
    山本則孝

 

仕舞
兼平   上田公威
雲林院 武田宗和
隅田川 観世恭秀
松虫   関根知孝


鵜飼 真如之月
シテ  寺井栄
ワキ  森常好
アイ  山本則重

 

大鼓  佃良勝
小鼓  観世新九郎
笛    寺井宏明
太鼓  小寺佐七  (代演)

 

地頭  岡久広


※2017年10月1日(日) 観世能楽堂にて。
※時間の都合により「定家」以外は拝見しておりません。 すみません・・。

※画像も銀座です。

 

というわけで、キヨの「定家」を観てきました〜!

 

いや〜これがですね、すご〜く良かった!と言えるし、すご〜く良くもなかった・・とも言える(?)、そんな「定家」だったのでした。少なくともキヨの「定家」ではあったかな。(←安定の上から目線。)

 

実はちょっと(?)遅れて行ったので、見所に入った時には既に作り物などは出された後で、茂十郎たち旅僧の一行も、京の都に到着しようかというところだったのでした。すみません。。

 

さて、いつも武張った主張を感じさせる福王流のワキなわけですが、今回の茂十郎はあらま、と驚いたことに、柔らかささえ感じさせる謡で、エレガンティ茂十郎といった雰囲気。しっとりと、墨染の衣も、時雨に濡れたかのような風情です。「定家」の幕開けにふさわしく、茂十郎の意外な(?)器用さというか、懐の深さを感じさせます。

 

晩秋のにわか雨に降られた旅僧は、曰くありげな家屋で雨宿りすることに。

 

そこに、「なうヽ御僧・・・」と呼びかけてくる声が。

 

それは勿論、我らがキヨ太郎なわけですが、これがちょっと意外なことに鋭ささえ感じさせるほど真っ直ぐに、太い声での呼掛けとなっていて、今回の全てが込められていたかのような(あとから考えると)、そんな登場となったのでした。

 

シテは橙色の唐織を身にまとった、里女の出で立ちだったものの、この家が、かの定家卿の時雨の亭と知っていて立ち寄ったのか・・と尋ねる様子はただならぬ威厳と強さに溢れていて、全くただの里女ではありません。『誰の許しを得て立ち入っとんのじゃ、ワレェ』みたいな内心を、感じさせなくもない。ちょっと、かなり、下衆な言い方をすると、北国(田舎)からやってきた旅の僧に、気位の高そうな(その正体は賀茂の斎院も経験した、内親王である)都の女が完全にマウントを取っている。・・かのような光景だった鴨。

 

もっとも時雨の亭には、後で明かされるものの、このシテのお墓(!)があり、そこに定家の化身とも言える葛も生えているわけで、彼女の家であり、一体化している定家自身が現れたとも言えなくもない。・・・いや、言えないか。

 

シテは時雨の亭の由緒を語り、今ではその物寂しい庭の風情に、しんみりと感じ入りつつ、少し戸惑ったような様子も観せる。

 

この日の地頭は野村四郎で、いくらかビブラートのかかった地謡が、降りかかる雨のような効果を感じさせて面白い。突然現れて、定家の弔いを乞うシテに物腰も柔らかく応じるワキと、降りかかる時雨と、寂しくもあり、優しくもあるような世界に、あくまで固く、尖っていたのが、この日のシテだったのでした。

 

今日は志す日なので・・と、シテは、ワキを墓所へと案内します。大小前に置かれた作り物は褪せた萌黄のような色合いで、葛の這い纏った石塔の有様です。不思議やな・・、と問うワキに、これは式子内親王のお墓なのです・・と話すキヨの声が非常に重い。もちろん、この石塔の姿は定家の執心に掴まってしまった自分の姿そのもので、緊張はしているのかもしれないけれど、心情的に震えるところも無い、といった印象。女姿でも決して女々しくなることはない、というのがキヨの日頃の主張ではあるのですが、さすがにちょっと式子内親王を通り越して、ただひたすらにキヨだったカモ。

 

それから式子内親王と藤原定家の秘められた(想像上の)恋物語が語られる。内親王が亡くなっても、それでも定家の執心は晴れず、自らの死後に葛となって内親王の墓を覆い尽くした・・・とのこと。

 

ついに自分こそがその式子内親王だと明かすと、シテは石塔と一体化するように立ち尽くす。作り物を背に立ち、自らの影を焼き付けるかのような印象的な型なのだけど、この日のキヨはまるで、するりと石塔に溶け込むかのようだった。その心まで石であったのかと、思わされたことでした。

 

不思議な里女がいなくなると、今度は本当に里の人が現れて、ワキに請われるまま内親王と定家卿の恋物語を再度語る。「定家」という曲に合わせてなのか、キヨに引きずられてなのか、泰太郎の語りも重い・・。平明で分かり易かったけど、ちょっと単調だったというか、最初から最後までずっと同じトーンだったかも・・・。後ろで(作り物の中で)キヨたちが物着してるので、そうホイホイとは調子は上げられないだろうけど・・。

 

さて、ワキたちの待謡も済み、家元づきあいの囃子方も素晴らしかった。庸二の枯れた笛の音色も、再び揺らぎだしたシテの心情を感じさせます。

 

「夢かとよ・・・」と、キヨの謡がくっきりと聴こえてくる。引き廻しが降ろされると、シテの真の姿が現れる。薄い灰色に金糸で模様が入った気品溢れる長絹は、やはり石塔のイメージでしょうか。その下に渋い臙脂色のような大口。

 

面は泥眼で、多分キヨがよく好んで掛けているものだと思うのだけど、不思議なことに遠目で観ていると、愛らしささえ感じさせる品のある顔立ち。若々しい恋する女性の雰囲気です。

 

しかしその腕をしっかりと交差させるようにして、きちんと座っているその姿は、実は定家葛に縛られているために、身動きできないためだったのでした・・。葛の蔓が2本ほど、引き廻しが降りた後にもしっかりとシテに向かって伸びています。

 

「あら傷はしの御有様やな・・・」と、繰り返し呼び掛けたワキの声が、しみじみとした真情を感じさせる。

 

早速に御経を唱えるのですが、これがシテも喜んだように、「草木国土悉皆成仏」の思想にも通じる(?)法華経の薬草喩品で、執心が実体化して葛となっている定家に、植物だって成仏できる!と諭したというわけでしょうか。あったまい〜。素晴らしいチョイスです(?)。

 

 

その2へとつづく。

 

 

 

 

 

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銕仙会定期公演9月 (その2)

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生田敦盛。

 

実は、この曲は仕舞では観ているものの、能一番としては初見。新鮮でした。

 

新鮮・・というより、「生田敦盛」という曲で、現代人を最も当惑させるのは、16、7の紅顔の美少年のうちに死んだ敦盛に、ちゃっかり遺児がいた・・という設定そのものではあるまいか。

能「敦盛」では熊谷直実は一ノ谷で、まだ子供?の敦盛を討ったことを後悔して、出家までしていることだし・・、

 

もっとも当時では、それぐらいでフツウのことであっただろうし、番組に記載の解説によると、そうした内容の御伽草子が違和感なく受け入れられていたらしい。

 

そして今回の舞台でも、当の子方の康介 くんが、まだとても幼く、可愛らしく、謡もいとけないカンジが、ここに居るんだからしょうがないでしょうと理屈を超えた説得力で(笑)、ま〜これぐらいの小さな子ならいてもおかしくないか・・という印象になっていたのでした。(たぶん。)

 

ワキの舘田善博が語ったところによると(落ち着いた物語りぶりがよかった)、この子は道端に捨てられていたのを法然上人に拾われ、後に母親が名乗り出て、平敦盛の御子息と判明したとのこと。(ちなみにワキは素袍上下の、在俗の出で立ちでした。法然上人に仕えているヒトらしい。子方は僧形。)

 

その子が成長し、父親に一目会いたいと賀茂明神に通って祈っていたところ、この日、生田の森へ行け・・・と、神託があったとか。夢の中でお告げを受ける、その場面で、康介くんがチュンと目をつむり、心もち小首をかしげて、ほんとにちょっと眠ったようなリアリズム演技を披露していたのもカワイイ。

 

ということで、二人は生田の森へやってきます。日が暮れてしまい、ちょうど人家の灯りが見える・・というわけで、その家の主は実は・・となるのが鉄板。前半の主役はコドモなわけですが、この辺りの進行はワキが台詞で支えています。

(子方もしっかり長台詞を覚えていて偉かったのですが、これぐらいの年のコは、逆に暗記力がスゴいらしい・・。)

 

実は冒頭から出されていた作り物の引き廻しがあっさりと降ろされ、シテの登場です。
後にシテが語ったところによると、賀茂明神が閻魔大王にかけあってくれたとのこと。

 

あっつん、左の肩がさがってない?と思ったけれど、なかなか綺麗。それ以上に、わが父と気がついて、両手を拡げて駆け寄る子方の演技が・・・。「のおおお〜っ」って。。キュートでした。

 

そして袖にすがってくる我が子を、じっと見下ろす敦盛の目が優しい。この型が何度かあったのだけど、こういう(面遣いがちょっとぎこちないような)脇が甘いような少年の雰囲気は、ベテランには逆にだせない鴨・・・、という気がした。

 

生田の森で・・というのは、つまり敦盛が討死した一ノ谷にも程近いということなのかしら・・??糺の森とか生田の森とか、パワースポット的な意味合いでもあるのであろうか。シテは自分が討死するまでの経緯など語り、親子はつかの間の再会を喜ぶのでした・・。

 

立ち上がってのクセ、それから中之舞と、とにかく型をしっかりと守って、教えられたことに忠実にやろう!というシテの心持が透けて見えるような舞いっぷりが、逆になんだかイイ・・。世阿弥の言うところの、その時々の初心とでもいうものであろうか、少年・敦盛のイメージはあっつんの柄にも合うし、唯一の?!魅力である初々しい、ひたむきさを感じさせる舞台だったことでした。
(もちろん、まだ型をなぞるのに必死だったと、悪く言えないこともナイけど。。。)

 

しかしあくまでそれは仮初めの恩赦であって、閻魔大王からの使いが敦盛、遅しとやってくる。敦盛でさえ、現在の本籍は修羅の時であるらしく、刀を振るって戦い始める敦盛ですが、さすがにこの場面では、もう少し迫力があってもよかった・・かな・・。

 

しかしその時も過ぎて、敦盛は我が子に自分の跡を弔うように頼んで、消えていくのでした・・。


風邪もう治ったと思っていたのに、見所の冷房で身体が冷えてなんだかブリ返し、能楽恐るべし・・と思ったことです(違)。

 

 

おわり。

 

 

posted by kuriko | 10:13 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
銕仙会定期公演9月 (その1)

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養老 水波之伝

シテ    観世清和
ツレ    馬野正基 
後ツレ  長山桂三
ワキ    森常好
ワキツレ 森常太郎

      則久英志

 

大鼓   亀井広忠  
小鼓   鵜澤洋太郎
笛      杉信太朗
太鼓   小寺眞佐人
     
地頭   浅見真州


狂言
蚊相撲
シテ   野村万蔵
アド   能村晶人
     河野佑紀


生田敦盛
シテ   観世淳夫
子方   谷本康介
ワキ   舘田善博

 

大鼓   柿原弘和  
小鼓   大倉源次郎
笛     藤田貴寛
 
地頭   片山九郎右衛門


※2017年9月8日(金) 宝生能楽堂にて。

 

 

というわけで、9月の銕仙会に行ってきましたぁ〜!

 

これがなんだか、とっても良い会でした。なんだか、やっぱり良いなぁ〜、と。目と耳の保養(笑)をしたという感じ。

 

まずはキヨの「養老」から。「水波之伝」の小書つきです。

 

ワキのツネ2、久しぶりに観たけど、やせたっていうか、ちょっとおじいちゃんぽく?なっていてびっくり。ハリのある美声に変わりはないようでしたが・・・。

 

ツネ2たち勅使の一行は、美濃国に不思議な泉が湧き出たというので、帝の命によりそれを確かめに来たとのこと。それは勿論、養老乃瀧・・・じゃなかった、岐阜県にある養老の滝のことで、往時の感覚では相当な山の中・・・。というわけで、辺りに神秘の気配が漂います。

 

一声の囃子で登場した前ツレ、そしてシテは、後場に登場する神仏の化身ではなく、瀧(泉)を発見した生身のに人間とのことなのだけど、脇能にふさわしい、素晴らしい緊張感。

 

キヨは渋い、鬱金色のような水衣に大口のおじいさんの出で立ち。直面の馬野正基も、孝行息子に相応しく実直そう(?)な雰囲気で、藍色の水衣に、水桶を持ち、柴を背負ったまま・・という姿です。(←そういう小書つきでもあるので。)

 

シテのほうも、杖を手にしてはいるのですが、舞台に入って来るときの足取りがトトト・・・と軽い。習慣でつい杖をついてはいるものの、ウワサの泉の効果ですっかり若返っているようです。

 

お前たちが養老の泉の見つけた親子か・・と、ツネ2が声をかけると、案の定、そうですと応えるキヨの声も力強い。老いた父母を養う孝行息子が、たまたま飲んだ泉の水で自分が元気になったので、両親にも飲ませたところ、いつの間にか若返って朝の寝起きもスッキリ、夜の寝覚めも淋しくないそうで、『養老』と名付けた由来を語ります。

 

シテが指し示すには、どうやら能の設定では、泉が湧き出て、それから瀧となって水が流れ落ちているみたい。

 

それから例によって、シテは縷々、水そのもの、あるいは薬の水としてのお酒の功徳を語るわけですが、確かにゼアミンの好きそうなモチーフではあるカモ。そして、いかにもゼアミン好み・・・というだけではなくて、ゼアミンが日本人に馴染みの深い、信仰の原点になるような生活の拠り所から、さらに美意識を掬い上げているのかも・・とも思う。

 

シテがすらりっと立ち上がり、これ、こんなに元気になりましたよと、舞台をぐるりと廻って観せるのも、なんだか微笑ましい。そして神秘の泉を覗き込むようにして、水鏡でその恩恵にあずかる自身を眺める・・。

 

これは帝にご報告せねばと、喜んで都に帰ろうとするワキたちの前に、音楽聞こえ、花降りぬ・・と、さらなる奇瑞が迫るのでした。

 

シテが力強く中入りしたあとに、ツレは来序で中入り。この日はアイ狂言の無い小書つきだったので、時間稼ぎ(笑)的な意味もあるのかもしれないけど、このツレも毎日『薬の水』を飲んでいるわけで、格が上がっているというか、超人的な気配が漂っていました。

 

前場で登場する若い(?)男と老人というコンビは、もちろん「翁」を思わせるし(他の曲でもありますが)、瀧の水がとうとうと流れ落ちるイメージは、とうとうたらりら・・・の一節を思い出させる。

 

続いて常の演出では現れない、しかしながら後シテがさらに本地とする楊柳観音の登場です。白に楽器模様の舞衣、小面の観音さまは大変美しく、可愛らしい。「水波之伝」のほうが、神も仏も水波の隔て・・とする世界観が分かりやすいのカモ。(いやむしろ、分かりにくいのか・・。)

 

観音さまが舞ったあとに現れる山神は、優雅に芍薬の輪冠を着けているものの、黒頭に、渋い黄金地にセルリアンブルーみたいな三角形の模様が入った狩衣で、力強さが際立ちます。金色と水色が互いに映えて、キラキラと輝く水面のようです。山神と観音様が二人並ぶと、水波の表象というよりは、ちょっと夫婦っぽく観える・・・。

 

くっきりと緩急のついたシテの舞は、場所に応じて急流にも大海にも姿を変える、水の神秘を表わしているのか・・。

イロエで橋掛りに出て滝を見上げる際に、片袖を被き、さらに若返った「翁」の如くになる山神・・。翁も神仏習合的な存在だしなぁ・・と思う。

 

そして、「をさまる御代の 君は船・・・」と、キヨは一際の感懐を込めて謡っていたように感じた。

 

君は船、臣は水 水よく船を浮かめ浮かめて・・・

 

偶然とはいえ、このご時世に、往事の天皇にしろ、将軍にしろ、当代を言祝ぐ「養老」というのも、皮肉な話かもしれない。戦争になったら歌舞音曲どころじゃないし、オリンピックも中止だわね・・。

 

鎮魂だけでなく、予祝もまた能楽の大事な役割であったことを思い出す。おめでたさを演じることによって、本物のおめでたを呼び込む、というわけ・・。みんなの願いが叶えばいいと思うけれど、どうだろう・・・。

 


蚊相撲。

 

万蔵は、ちょっとお顔が丸くなったような気がしたのだけど、「隠れもない大名〜!」と名乗った時の声と雰囲気が、萬に似てきたような気がした。萬といえば、品格と大らかさの溢れた大名ぶりが有名だけど、この「蚊相撲」でも、太郎冠者も呆れさせるおバカ・・・じゃない、無邪気さが自然とにじみ出るようでとてもよかった。

 

それに狂言の面白いところは、人間の身分の上下は勿論、獣だろうと昆虫だろうと、とにかく皆おなじ地平で現れるところ・・と思うのだけど、「蚊相撲」はもう、話がシュール過ぎる・・(笑)。

 

従者にしようと呼び込んでしまった怪しい男が、江州守山出身と聞いて、そこは「蚊どころ」だからと、蚊の精が現れたことに納得しちゃってるし・・(笑)。

 

相撲を取る相手が蚊なので、力技よりもむしろ扇がれる風に弱い・・というのも、この曲の面白いところ。蚊を扇ぐお大名が、本当に嬉しそうで、事態の異様さよりも、自分の相撲の勝敗の行方に夢中になっているところも狂言らしい。楽しい一番でした。

 

 

(その2へと続く。)

 

posted by kuriko | 07:22 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
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