能楽鑑賞などなどの記録。  
MUGEN∞能 ADVANCE 〜松風・山姥・通円を紐解く〜  (その2)

(↑フツウに話してると、なんだか落語家っぽくなる逸平。)

※こちら↓にadvance動画の完全版?がアップされたみたいで〜す。
https://www.youtube.com/watch?v=JdpbAGpEq5A&list=PL-YrTtywnVhfKQtbI4smy4hwjhxwV6iGJ&sns=tw


さて、続いて、宗一郎の「山姥」のお話。

まずは「山姥」の粗筋について。山姥をテーマにした芸で、都でスターになった『百万山姥』という女性が善光寺に行くことにする。上路超えという一番厳しいルートを選んで行ったところ、昼の筈が夜になり、不思議な女が現れて、お前の歌を聴かせろ・・と言う。そして中入り後に、本当の姿を現して、山姥の山廻りの有様を見せて消える・・というもの。

皆さん、ヤマンバって見たことありますか?15、6年前、渋谷に居たでしょう?ということで、それはヤマンバギャルのことだったのでした。(←みんな知ってるかな?)つまり山姥とは、それぐらい(?)異形の姿をしている・・ということ。

「山姥」のアイ狂言は、これまた和泉流と大蔵流では違っているそうで、『山姥』は何から生まれたか、和泉流はうつぼ、桶、木戸で、大蔵流では山芋、団栗、古いお寺の木戸となっていて、木戸⇒鬼女、というオチは同じらしい。
(←どちらにしても付喪神っぽいイメージなのかな?)

宗一郎の話では、怒り、悲しみが極限までいくと、女は鬼になるのが能の世界だが、「山姥」という曲ではその理由は語られていない。自分の考える説では、京都の普通の人がスターになりたかったが、都に住めなくなるような出来事があり、やむを得ず山を巡り歩いた人がいたのかも・・と思う。

「山姥」には人々を助ける優しい鬼という側面もあり、クセの部分にはその一面が描かれていて、また、『金太郎』のお母さんという説もある。かなりの昔に、執心が残って人間ではない鬼になってしまったが、さらに自然を司る神に近い存在かもしれない。

自分は「山姥」のシテは初めてだが、単なる鬼ではなく、女性としての山姥、力強さと優しさの両方を描きたい・・とのこと。

というわけで、「山姥」のキリのあたりの実演です。

(↓動画は「テスト」でアップしたものと同じです。[HD]ボタンを押すと、画像がちょっとだけ綺麗になります。)
 
やまんば

「山姥」  林宗一郎 (観世流) 地謡    坂口貴信 (観世流)ハリセン(笑) 亀井広忠 (大鼓葛野流)(撮影許可スミ)

Posted by 火中の栗 on 2015年11月17日


続いて、さらに能面の紹介がありました。

1447679568745.jpg

「松風」で使用『予定』の、松風の「節木増(若女)」や、村雨の「小面」、さらには「山姥」の前場で使う「曲見」、後場で使う「山姥」専用の面まで。「山姥」の面には、目に金が入っていて、歯が見えているのが珍しいとのこと。昔は歯にも金が入っていたと言われているそうです。

そして「通円」の専用面である「通円」は、逸平によると、確実にこれを使います。専用面なので。とのことでした。何故この面を使うのかは、実は定かではないそうです。残されている通円の木像(←そういうものがあるらしい)に似ているわけでもなく、表情も狂言的でない、とか。

続いて、宣伝で〜すということで、『MUGEN能オリジナル手ぬぐい』を作りました!京都公演の後に思いついたとのことで(笑)、200本作って福岡公演で売り出したところ、残り80本!サインしやすいように、白を多めにデザインしました!持ってて恥ずかしくありません!とのこと(笑)。

公演日当日の販売では、サインするマジックはこちらで用意します!だそうで〜す。一本千円。80本て、結構狭き門カモ(笑)。

1447675548558.jpg
(↑「手ぬぐい」の話で盛り上がるおじ・・お兄さんたちと、一人もう疲れている?太一郎。)

というわけで、非常に楽しく、ためになった事前講座でした〜!

 
posted by kuriko | 00:30 | 講座(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
MUGEN∞能 ADVANCE 〜松風・山姥・通円を紐解く〜  (その1)
takanobu2.JPG
出演
 坂口貴信
 林宗一郎
 茂山逸平
 野村太一郎

ゲスト
 亀井広忠

※2016年11月16日(月) 国立能楽堂 大会議室にて。
※文責・クリコ。


というわけで、『MUGEN∞能 ADVANCE』に行ってきましたぁ〜!

来月に行われる、『MUGEN∞能』東京公演の事前講座です。
これがギュウギュウにツメツメの、非常に中身の濃い講座でとっても面白かったです!

で、まずは同人4人が舞台の上で、今回の旗揚げのきっかけなど。

それぞれの出身地が貴信キュン☆は福岡、宗一郎と逸平は京都、太一郎は東京と、もともとはお互いに知らない仲だったとか。しかし貴信と宗一郎が、観世宗家で内弟子として共に修行した仲で、一緒にやろうよということになったらしい。そう、この二人は、キヨの愛弟子なのでありました。
(←ま、どれくらい愛されてるかは知りませんが。。)

で、そこに逸平や太一郎も引っ張りこんだ、ということらしいです。シテ方は地域単位で、狂言方は家単位で活動するのが普通なので、同人最年少の太一郎に至っては、この会に参加するまで宗一郎も逸平も知らなかった(?!)とのこと。

「MUGEN∞能」の名前を考えたのは貴信で、正式には「∞(無限大)」マークが入るそうです(笑)。10年くらい前から名前は考えていて、『夢幻能』の夢幻と、無限とをかけて"MUGEN"にしたんだとか。
(←う〜む、貴信キュン、10年考えたにしては直球だな!と思ったのですが、あ、でもステキなネーミングだ思います。)

チラシの制作を担当したので逸平で、千五郎家では通常デザイナー等は使わないそうですが、今回はあえて能楽堂に似つかわしくない、能楽の公演ぽくないデザインにしたかったとのこと。

今年は三都市公演で、それぞれチラシのパターンがあり、京都=過去、福岡=現在、東京=未来(だったっけ?)のイメージでデザインしてあるそうです。ちなみに、ロケ地は京都(御所)で、ビートルズをぱく・・じゃなくって、モチーフにしているとは、逸平の談。

それぞれのポスターをくっつけると、端っこに「∞」マークができるようになっていて、どこまでもくっつけていけるんだとか。

メンバーでは、貴信が最年長で、太一郎が最年少、4人で四本の柱です!と、上手いことを言うのは太一郎の談でした。能(シテ方)と狂言方で同じ会を立ち上げるのも珍しいことらしい。
(←ていうか、異なる流儀の狂言方がいるのが珍しいなぁとクリコは思った。)

そいで、事前講座では、撮影もネット投稿も「推奨します」とのことでした(笑)。若手も頑張ってます!というアピールらしいです。
(⇒もちろん、本公演ではダメですよ!ってことで。)

で、まずは貴信の「松風」のお話から。

「熊野、松風に米の飯・・」で有名な曲ですが、まずは粗筋の解説。ちなみに一説によると、松風、村雨の姉妹が汐汲みに行っている間に、行平は松の木の形見の長絹を残して都に帰ってしまったのだそうです。
(←行平、結構ヒドいな。。)

宗一郎によると、自分は昨年シテを勤めたが、シテの謡が美しく、そして量が多いのでタイヘンとのこと。そこを、ツレが程よく助けてくれる。ツレを貴信さんにやってもらったが、謡を知っていればいいものでもなく、互いのクセなどを知っていないと上手く合わない。そこは一緒に内弟子修行した仲で、自分が「松風」のシテをする時は、ツレは貴信さんしかいない・・・☆と、思っていたんだとか。

今回の公演では、自分(宗一郎)が「松風」のツレをやり、「山姥」のシテもやるので、とってもヘヴィーなことになったそうです(笑)。
(←貴信キュンは、さすがに「松風」シテの後に、「山姥」のツレをするのは断ったそうです。←そりゃそうだ。)

貴信は27歳の時に、初めて村雨(ツレ)役をキヨのツレでやって、それ以降、村雨はもう10回は演じているのだとか。シテとの関係で、舞台の内容も変わってくるので、今回は双子のように観えればいいなと思ってます・・とか。

舞台進行の解説では、通常の夢幻能では、前後の場で中入があるが、「松風」にはない。「松風」でお客様に向いて物着するのを「本物着」と言います。

この曲は、もともと「汐汲」という曲があり、これを観阿弥が「松風村雨」に改作し、さらに世阿弥が「松風」として仕上げた、と言われています。『汐汲車』という作り物が出てきますが、この車が出ている間が「汐汲」です。

この「汐汲」のあとに、シテ・ツレとワキが対話し、そして突然(笑)物着となって、そして狂乱します。・・とのこと。

ここで「松風」の実演となったわけですが、なんとスペシャルゲスト(←アシライ係)として、広忠の登場です!広忠は、実はMUGEN能の『影のプロデューサー』なんだとか。

貴信が、何故「松風」では(シテの登場が)真ノ一声なのかと訊くと、「さぁ、なんででしょうね」と答える広忠(笑)。

広忠によると、自分の流儀では「真に結構に囃すべし」と言われていて、(真ノ一声によって)一段と格が高くなる。しかし「松風」と脇能では、ちょっとマイナーチェンジしているとのこと。そして、「松風」の曲をもとに「井筒」が出来たとも言われている。一曲の中で、シテの人格が変わる、シテの内面から抑えきれないものが出てくる・・という表現です。貴信さんと宗一郎さんの美しい「ノド」が聞きものなので、どうぞ、お楽しみください。・・みたいなことを言っていました。

続いて桶の作り物も出して、「運ぶは遠き陸奥の・・・」から『かなや留』までの汐汲シーン実演があったのですが、いや〜もう、これもなんていうか。。。シテとツレの若さと綺麗さで、舞台の上に、キラキラと。。☆星☆。。が出ているような感じでした(笑)。
takanobu1.jpg

それに実演が終わったその瞬間に、シテとツレがふたり目を見合わせて『てへへっ♪(照)』みたいになってて、な、なんなの、その二人の空気感。。という感じです。

つづいて、「通円」について。逸平と太一郎が舞台に登場です。

まずは大蔵流と和泉流の違いについての話となったのですが、何が違うかは一言では言いづらい、とのこと。逸平によると、真面目にあえて一言で言えば「和泉流には陰陽師とプロレスラーがいますけど・・・」ということらしい(笑)。

それに大蔵流のほうが古くで、演目も多いのですが、和泉流はあとから成立した分、(同じ曲でも)台本が「シュッとしてる」のだそうです。「大蔵流のは横着なんです」とか(笑)。

で、この流儀の違いの説明に、なんと先程の「松風」の替え歌が取り入れられている「棒縛」の謡の実演がありました。なんと、先程の実演と同じ?部分を逸平と太一郎の二人ともが謡ってくれます。

大蔵流のほうが長々としっかり謡い、和泉流では「うれしや・・」からでかなり短くなってましたが、これがなんていうか、ここでも逸平の謡に感心しますた。。ものすごく上手くなってて(笑)(←余計なお世話)。千五郎家らしい大音声なのも勿論なのですが、こう言ってはなんですが、まだちょっと初々しい太一郎(最年少)と逸平では、キャリアと力量の差は歴然です。(←太一郎、ゴメンよ。。←ホントに余計なお世話ですね。)
それに、同じ「替え歌」でも、全然節回しも違っていて面白かったです。

そして立ち方、座り方も流儀で違うのですよ、と二人で実演。

和泉流ではちょっとだけ腰を入れて、わりとすっと立っていて、掌は握っている形。(←萬斎さまもこんな立ち方です。)
大蔵流では、膝を曲げて腰を落とし、手の指は伸ばした立ち方なのでした。

(演能中とか)狂言座などに座っている時は、大蔵流では右手に扇子を持ったままで、和泉流では膝前に置く。和泉流では、扇を前に置くと、「観えてるけど観えない、いないという設定」とのこと。大蔵流では、扇は置かない。本当に観えない設定の時は、後ろを向いたりすることもある、とのこと。
(←うう〜ん、やっぱりそういわれると、大蔵流のほうが歴史が長いんだなぁ〜。。という気がする。)

そして逸平による「通円」の解説では、「通円」は、ほぼ能、です。なんだとか。

ここだけの話、能にはフラれたやつか、負けたほうしか出てきません(笑)。なぜなら、幸せな人はドラマチックじゃないから。「通円」はお茶を点てすぎて過労死した人で、「頼政」のパロディです、とのこと。

能と狂言の両方を観ると、上手に出来ていることが分かって分かりやすい。武将は切っ先、茶人は(茶筅の)穂先と謡ったりとか・・、という話で、なんとここで「頼政」と「通円」の両方の実演がありました!

確かにこれが、分かりやすくで大変よかった。シテは宗一郎で、葛桶ではなくパイプ椅子に座っての実演です!広忠は張り扇のアシライではなく、大鼓を取り出して打つ大サービスぶり。

yorimasa.jpg

宗一郎もカッコよかったですが、広忠も今回は訳もわからず急に呼ばれたとか言ってたけど、その場で「**」の***から***の部分をやって下さいと言われても、『ホイきた』みたいな感じで、すぐ打てちゃうんだなぁ、と。

それが玄人というものです。と、言えばそれまでだけど、なんだかフツウにスゴイな〜と。

逸平のほうも、急遽やることにしたので・・、ということで、パイプ椅子に腰かけ、柄杓の代わりに扇子、茶筅の代わりにGATSBYのヘアジェルチューブ、さらに茶碗の代わりにBOSSのボトル缶です!(笑)

というわけで、動画です。(※『HD』のボタンを押してご覧ください。ちょっと動きが滑らかじゃなくなりますが。。)
 

「通円」茂山逸平 (大蔵流)『MUGEN能ADVANCE』のための特別簡易版です。拡大画面の場合は、「HD」でご覧ください。(撮影許可スミ)

Posted by 火中の栗 on 2015年11月22日


なんていうか、気負わずにサラっと、こういうことが出来ちゃうところもいいよね。
萬斎さまだったらやらなさそう(笑)。
(←いや、なんとなくそう思っただけで。)
(←『解体』では、コマネチ!(←古っ)とかもやってたけど)
(←「コマネチ!」の意味が分からない人は、周りの大人の人に聞いてみてね。)

逸平は、昔の人は普通に「頼政」を知っていたので、これを観て面白かったんですけどね・・とのこと。今はあんまりウケないみたないことを言ってました。
(←今回の実演は十分面白かったけど。)
(←もっと「道成寺」とか「羽衣」とか、直球でパロったらウケるんじゃないかしら・・とクリコは思った。)

あ、ちなみに、逸平は「本番では、うちのとっておきの黒茶碗持ってきます!」みたいな宣言してましたよ(笑)。茂山千五郎家ってイメージ的に、実はすんごいお宝持ってそう。。

(その2へとつづく。)



 
posted by kuriko | 01:04 | 講座(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
テスト from MUGEN能ADVANCE
「山姥」 林宗一郎 (観世流)
地謡   坂口貴信 (観世流)
ハリセン(笑) 亀井広忠 (大鼓葛野流) (←アシライ)

(撮影許可スミ) あ、もちろん、本公演では撮影・録画・録音は厳禁です!!
能楽公演の事前講座での、エッセンス的な実演なのでした。


ど〜すればこの動画サイズが小さくなるのかな〜?
わたくしの力ではこれが限界ですわ。。

 
やまんば

「山姥」   林宗一郎 (観世流) 地謡    坂口貴信 (観世流)ハリセン(笑) 亀井広忠 (大鼓葛野流)(撮影許可スミ)

Posted by 火中の栗 on 2015年11月17日
posted by kuriko | 01:02 | 講座(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
MUGEN能 ADVANCE (速報版)
1447675662748.jpg

今日は、MUGEN能ADVANCEに行ってきましたぁ〜!

なんと、撮影(動画もなんでも)可、ネット投稿可という大サービスぶり。
なんだか撮影会みたいな雰囲気に(笑)。会場は、もちろん女子が9.9割って感じでしたよぉ〜。
あと何故かコドモがいっぱい(笑)。

しかも、すぺしゃるゲストは亀井広忠でした!

実演には、広忠が何度も張扇や鼓でアシラってあげてて、広忠ってほんとイイ人だなって思った(笑)。

すごいオミヤゲ動画も撮ってきたので、詳細版をお楽しみに〜!
扇とヘアジェルのチューブと缶ボトルのコーヒーで、「通円」の実演をする逸平とか(笑)。

あ、でも、先週の銕仙会の感想がまだなので、次々回ぐらいに。。

 
posted by kuriko | 00:25 | 講座(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
銕仙会 公開講座と能鑑賞 講座『能「江口」の魅力を探る』 第4回 (その2)
渋谷.jpg

実技は白拍子系の遊女ということで「仏原」、そして傀儡系の遊女ということで、「班女」の仕舞でした。

遊女といっても、能楽の世界では神々しいばかりの品格ある姿で、それが何百年と続いた洗練の精華なのか、あるいは遊女たち自身が成仏を願った姿なのか、その両方なのだろうけど・・。

女流のヒトが直面で「班女」を演じていると、ちょっと世界が違うようで面白い。鬘物であればやりやすいのかというと、そうでもなさそうなところが興味深く思えたことでした。

つづいて、質疑応答と、「江口」を観ての感想会。実際の演能が終わってから、こうして種明かし的にQAするっていうのも面白かったです。

Q.世阿弥が観音菩薩の西方浄土と、普賢菩薩の東方の仏国土と間違えた、ということがあり得るのでしょうか。

圭造.う〜ん、最初に観音菩薩で作ってしまったので、それに引きずられたのだとは思いますが・・。浄土真宗では普賢菩薩も、西方浄土にいる菩薩の一人とされているのですが・・。

(クリコ.う〜ん、ゼアミンはたぶん、そこまで深く考えて作ってないと思う。。と、クリコはそのとき思ってました。シンペーが、ゼアミンは「源氏物語」だってちゃんと読んでるか怪しいって言ってたしさぁ〜・・。)

Q.一休宗純と金春禅竹に交流があったのは分かりましたが、世阿弥とはあったのでしょうか?

圭造.禅竹と一休の交流については資料も残っていますが、世阿弥とは時代的にもずれているので無かった・・かと思われます。そうした資料も残されていません。

Q.「江口」を拝見して、女性の悲しみ・・を感じましたが先生のお考えは?
(←みたいな感じの内容でした。)

てっつん.「江口」の設定としてはそうですが、一人の女性の悲しみ、苦しみから、段々と世界が大きくなっていく曲だと思っています。菩薩に近くなっていくと、シオリの型があるのは似合わないんじゃないかな・・と先ほど宮本先生ともお話ししていました。一人の女性個人の悲しよりも、もっと深い悲しみがあるのではないか・・と思っています。
(←みたいな感じの内容でした。)

Q.能を演じるうえで、型、動作とご自身の解釈とはどう関連するのでしょうか。
(←みたいな・・以下略。)

てっつん.99%は伝承された型で演じています。残りの1%に、よほど自信があれば(笑)、自分の解釈が入ってくるのだと思います。みんな同じ型で演じていますが、絶対に同じ型にはならないのです。西洋的な考え方と違って、表面的な個性はあえて潰して演じます。そこから逆に個性が見えるし、型で演じることによって、表面的なものでない個性が見えてくるのです。

曲の解釈上、間違っている型が伝承されていることもありますが、よほど変でない限りそのまま演じます。橋掛りで合掌したのは私のオリジナルですが・・。今回はそこで静止しているように見せたかったので・・。でも、そう解釈して演じても、そう見てもらえないのが能なんですよね(笑)。

能(の舞台)は、半分は演者が、半分はお客様が作ると考えています。観ている人の体験、記憶が入り込んでいって、完成していくのです。特に「江口」みたいな曲は・・。
(←み・・以下略。)

Q.「面白や」を二回謡う演出上の目的は?

てっつん.平調返だとそう謡うことになっているのですが、序之舞の前後で二回同じ詞章を謡うのは、実は他の曲でもよくあります。何故なそうなったのかは分からないのですが・・。序之舞は、時間のはざま、記憶が何度も再生されるような、同じ頁を何度もめくっているようなイメージで演じました。

Q.キリでワキは座ったままでしたが、見送る型になってもよかったのでは?

てっつん.ワキ留として、そうした型にすることもあります。「江口」に留拍子は合わないと思うのですが、今回は消えていくより、ずっとそこにいるような感じにしたかったのです。最後に収拾するのがワキの役割だと思っています。

Q.前場の遊女だったときはスマートでお美しくて、後場で普賢菩薩として帰るときは、非常にどっしりとして見えました。型としてそうした演じ分けがあるのでしょうか。

てっつん.最後はもう、腰は痛いし、汗はかくしで必死でした(笑)。気力、体力の限界でそんな余裕はありません(笑)。「普賢菩薩とあらわれ・・」とまず型があって、そこからどう演じるかですね・・。

と最後に、てっつんの本音が出たところで(笑)、楽しかった講座はこれでお仕舞い。

来年の講座は、5月に「江野島」、10月の「松風」であるそうで〜す。
「江野島」は稀曲ですな。。。「松風」は誰が講師をするのかな〜。。?


おわり。


 
posted by kuriko | 23:09 | 講座(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
Search this site