能楽鑑賞などなどの記録。  
そ〜ういえば

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シンペーって、去年ぐらいに「翁」に関する本を出すとかなんとか、言ってなかったっけ・・?
もうどこかに出てるのかな?? (どこかに情報出てたらすみません。)

 

それとも、その代りがこの本だったのかしら・・・??
沖本幸子さんはシンペースクール出身らしいので・・。

 

第38回 サントリー学芸賞 沖本幸子「乱舞の中世 ―白拍子・乱拍子・猿楽」

http://www.suntory.co.jp/news/article/12785-1.html

 

シンペーの立場じゃ、『翁の根源ですか?宴会芸だと思います!』とは、なかなか言えないかな。。。
キヨがまた拗ねるし(笑)。

 

 

posted by kuriko | 23:14 | 読書(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
又吉直樹 「夜を乗り越える」

 僕は芸人になった一年目からライブする時、「お母さんとかバイト先の店長とか呼ぶなよ!」と同期の芸人に言っていました。チケット売れなかったら買い取りになるから、みんなすぐに楽して身内を呼ぶんですよ。三年目くらいになるとお客さんが少しづつついてくれます。毎日来てくれるお客さんに感謝はしていますが、そこに依存して百人くらいのお客さんを十組くらいの芸人で何か月も取り合っていたら、それはもう百二十人くらいの大家族なんです。世間からズレた独自の笑いの進化を遂げて、「おもんない」が「おもしろい」になってしまったりするんです。もはや進化ではないですよね。

 

(本文より)

 

 

2016年に出版された本。最近の読書テーマは、「売れてる本を読む」にしています。

 

私が又吉直樹の文才に驚愕したのは、彼の小説ではなくて、中村文則の小説の文庫版に寄せた、「解説」の一文を読んだ時でした。
(←いちおう言っておくと、「火花」よりも前です。)

 

この本でも詳細に著されていますが、とにかく読書量と思考量が半端じゃ〜ないうえに、いくら太宰大好き人間だからって、「人間失格」を年に一度必ず読むことにしている・・、なんていうのは、マトモじゃ〜ない(笑)。だけど読む側の経験値が増すにつれて、感じ方も変わってくるというのはそうかもね。。

 

太宰というと、う〜ん、私は「斜陽」は好きかなというレベル。。
(←冒頭に出てくる「グリーンピースのポタージュとおむすび」の朝食セットは私も作ったことがあります。。笑。やったことのある人は多いらしい。。)

 

『ふだん本を読まない人のための本』とことわって、著者の生い立ちや、文学との出会いのこと、人はなぜ本を読むのかということ、オススメの紹介等もあって面白い本でした。

 

引用の一文は、どこの業界でも似たようなことって起こるんだな・・・と思って(笑)。能楽の場合は、「お母さん」はデフォルトとして、「バイト先の店長」が登場するのかどうかは分かりませんが・・。

 

ただ、そいだけ。。

 

 

posted by kuriko | 23:53 | 読書(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
最近読んだ本 「女性芸能の源流」「乱舞の中世」
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今では厳かに捉えられがちな<翁>だが、その発生は、当時の流行芸能、しかも、宴会芸のような身近な芸能に支えられていた。そうした身近さが、翁の面を、決して高貴な神々の容貌にではなく、狂言面のような近しさに留まらせた理由でもあるだろうし、それはまた、<翁>や猿楽のはじまりが、高貴で厳粛な場にはなかったことを予感させるものでもある。
もちろん、猿楽の優れた点は、単に白拍子や乱拍子を取り込むだけではなくて、それを逸脱した芸能として独自のおもしろさを付与していった点にもある。現行の能ではすっかり失われてしまった膨大な語りもおもしろさといえようし、語り舞の形を完成させながら、一方で、ある時期からは語りを極限まで切り詰めて、舞中心の芸能として再構成し、より抽象的、象徴的な芸能に昇華させていったのも猿楽だ。それは<翁>を神秘化し、能をより厳粛なものにしていくための、やはり猿楽ならではの達成だったといえるだろう。

沖本幸子「乱舞の中世 白拍子・乱拍子・猿楽」より。


実のところを言うと、ここ最近はさすがに能楽関連の本を読むのにも飽きがきて、違うジャンルの本ばかり読んでいたのですが、この2冊を久しぶりに読みました。

2001年に出版された脇田晴子「女性芸能の源流 傀儡子・曲舞・白拍子」と2016年に出版された沖本幸子「乱舞の中世 白拍子・乱拍子・猿楽」。どちらも大変面白かったですが、両方読んだのがちょうど良かったカモ(笑)。

いわゆる猿楽(能楽)よりも、はるか以前に存在した芸能と、それを担った人たち、その流行や、時代の雰囲気(?)などが分かる本でした。

「女性芸能の・・」のほうは、いわゆる芸能者の存在について総論的で網羅的、「乱舞の中世」については、「乱舞」と呼ばれた白拍子、乱拍子などの芸能そのものについて詳細に検討されていて、それらを取り込んだ猿楽、「翁」の成り立ちについても結構大胆な考察が示されています。

「翁」や「千歳」の詞章が、先行した流行歌の、その一部から取り入れられていたのであれば、意味に筋が通っていなくてもそれはそれで無理もない・・というところが、ナルホド・・という感じ。

それに白拍子や遊女など、別の道でもプロであった女性たちの、伝説と化した物語ごと能に組み入れていったというのが、面白いところかもしれない。

「乱舞の・・」にもある通り、現在の能の舞は、実際にはいわゆる呂中干ノ地ものに席巻されていて、しかし、乱舞的な白拍子、乱拍子の要素(リズム)を受け継いだ「翁」こそ、能の根本だとゼアミンも言っているらしい。(と、書かれていた。)観阿弥、世阿弥が活躍したのは、「翁」芸が成立してから実に、200年(!)経ってからのことだったのだ。

「道成寺」の乱拍子も「白拍子舞」の一部(セメ)を、極端化したもの、ということだそうです。

本来は刹那的な、それを舞う人謡う人、そこに飛び込む人たち自身が楽しむ娯楽的なものであったものが、やがてそれを専門として提供する人が生まれて、現代では難解(?)と言われるような能楽の中に痕跡を残している・・・というのが、なんだかロマンだな〜と。。

どちらもオススメです。



 
posted by kuriko | 23:03 | 読書(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
深沢七郎 「楢山節考」「言わなければよかったのに日記」
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「楢山節考」は、ちょっと、意外だった。残酷だと云われたのも意外だが、異色だと云われたのも意外だ。もっと意外なことは、何か、人生観というようなことまで聞かされたのは意外だった。あんなふうな年寄りの気持ちが好きで書いただけなのに、(変だな?)と思った。

「言わなければよかったのに日記」より。



万作の「楢山節考」を観に行って、やっぱり原作も読んでおけばよかったな。。と思ったので、Amazonに勧められるまま、2冊購入して読みました。

「言わなければ・・」は著者の日記というか、エッセイ集で、「楢山・・」がベストセラーになった当時のことも、かなり独特な筆致で描写されています。

万作の「おりん」はまるでマリア様か観音様か・・のようだったけれど、当然のことながら、小説のほうが描写も詳細で内容も生々しく、小説の「おりん」は、自分は「立派に」死のうと思っていたり、人からホメられて喜んだり、ちゃんと生きている人間だったのでした・・。神様は別のところにいた、とでも言いましょうか。ついでに言うと、原作のカラスは死神というより、(非常に不気味ではあるものの、くっきりと別種の生態系を営む)カラスはカラスでした。。

「言わなければ・・」のほうを読んでいくと、「おりん」のモデルは、やっぱり著者のお母さんなのかな?と、思わせる思い出話もあり。

自分が育ててあげた(?)甥に騙されて山に捨てられる「姨捨」のシテのほうが、可哀想という点では上(?)だけど、人間としては「おりん」のほうが立派なような気がしなくもない・・。

いえ勿論、そういう問題じゃないでショ。ということなのですが・・・。

狂言にしたり、能にしたりするということは、単に劇化するということとは、やっぱり全然違うんだなぁ、と思った。(劇化することも十分タイヘンだけど。。)

「楢山節考」は、歌舞伎として上演されたりもしたようです。次は映画も見てみようかな。。。どきどき。

 
posted by kuriko | 22:25 | 読書(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
高橋悠介 「禅竹能楽論の世界」
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2014年に出版された本です。

禅竹の「六輪一露」にちなんだ装丁がオシャレ。

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(空輪)

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(破輪)

金春禅竹が生きて呼吸していた時代に、当然吸い込んでいた、そこにあった神仏の世界観が検証されている本でした。著者はどうやら松岡スクールの一員のようです。

具体的な能の話というよりは、完全に金春禅竹の思想世界の話なのですが、でも面白かった。その理路が正しいかどうかも大切ですが、素人には面白いかどうか、というのも大事ですからね。

禅竹の「明宿集」というと、あれも宿神、これも宿神、きっと翁、もっと翁・・・と書いてある禅竹ポエムぐらいのイメージしかなかったけど(←。。)、な〜るホド・・という感じ。(・・というには、理解しきれなかったところも多々あるけど。。)

翁=摩多羅神とは必ずしも言いきれないけれど、猿楽の一団が芸祖と仰いでいた秦河勝=崇神が、摩多羅神という荒神と習合していったみたいな解釈でいいのかなぁ。

ただ知られた話だけれど、世阿弥や禅竹の伝書には、すでに摩多羅神の摩の字も見られない(現在のところは)。
(ちなみに、すべて寺社の後戸の神=摩多羅神なのかというと、そういうわけでもないみたい。)

荒神というのは、その力が強いぶん、丁重に祀れば守護してくれる神でもある。修正会の追儺では鬼(?)としての役回りだったり(これが猿楽の担当でもあった)、呪師、猿楽師が行っていた「方堅」にも招請されていたりしたらしい。

さらには摩多羅神だけではない「荒神」という存在が、室町時代には春日神社・興福寺、多武峰といった猿楽のメッカとも言える地で、神仏習合による副産物的に信仰の対象として広まっていたようです。

そのためか荒神というのは、どうにも一面的な性格だけでは捉えきれない神で、胞衣神として人体、人間の成長そのものを守護してくれる神とも考えられていたらしい。

世阿弥、禅竹だけが猿楽を創ったわけでもないし、猿楽者の集団が、そのずーっと以前から独自の職能神を崇めていても不思議では、ない・・のか?

「明宿集」では、「翁」の汎神論的な性格とともに、「鬼面」と一対となるような、荒神性とでもいうべき二面性も語られていて、禅竹も、鬼(荒神)としての猿楽のルーツを強く意識していたのかもしれない。

また禅竹によると、猿楽の始祖とされる秦河勝は、泊瀬川の上流に自然と涌き出て(!)来て、壺に入って流れ下り、猿楽の業を伝え、そしてうつぼ舟で西海に行き、播磨の地で「大荒神」になったそうな。・・・桃太郎みたいな人である。ついでにいうと、自称・始皇帝の生まれ変わりなんだとか・・。

う〜ん、しかし。どうも荒神という存在は、クリコ的に神仏習合というより、神仏ともに世俗化していく過程で、交雑から生まれたという気がしてならない。(←あ、また、プシュっと消される・・・。)まだこの時代には、世俗も含めた世界のあらゆる作用そのものに、神仏の存在を認めていたようだケド。。

本書には関係の無い話だけど、「道成寺」も金春系の人が作ったとかいうけれど、正体はヘビである女がお坊さん(=仏様)にすりよって、しかし逃げられてしまう・・というあたり、これはこれで失敗した神仏習合の話なのかなぁと、ちょっと思った。


 
posted by kuriko | 22:52 | 読書(能・狂言) | comments(0) | trackbacks(0) |
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