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多田富雄 七回忌追悼能公演 生死の川 ―高瀬舟考  (その1)
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ご挨拶
     多田式江

 

新作能
生死の川 高瀬舟考
シテ 浅見真州 
ワキ 宝生欣哉 
アイ  野村万蔵

大鼓 國川純
小鼓 大倉源次郎
笛   松田弘之
太鼓 小寺佐七

地頭 浅井文義

作      多田富雄
企画・制作 笠井賢一
 

 

※2016年4月21日(木) 国立能楽堂にて。

 


というわけで、多田富雄と真州の「生死の川」を観てきました〜!
いや〜これが、すごかったです!すごいと思った!

能ならでは、能にしかできないという表現と、これ以上はないというほど重いテーマが見事にリンクしていて、なるほど新作能が誕生する意味ってあるんだなぁ・・と、改めて思ったことでした。

今回の公演では、NHKのカメラが入っていて、6月には放映される予定とのこと。冒頭には、着物姿の式江夫人のご挨拶がありました。(現在のNHKにはかなり疑問もあるけど、でもまぁ能楽を贔屓にしてくれる数少ない『有料放送』ではある。。)

さて、式江夫人の挨拶によると、富雄は千葉大医学部の頃から、詩作や同人誌の編集を始め、そして能を観るようになったとのこと。大倉流の小鼓を習い、謡は能楽堂に通ううちに我流で覚えたのだとか。

批評のノートを作ったり、新聞に能評を書いたりしているうちに、時代に合った話題、現代的なテーマの新作能を創りたいと思うようになり、「無明の井」、「望恨歌」、「一石仙人」、「原爆忌」、「長崎の聖母」、「花供養」・・・などの10作の新作能を作った。「無明の井」は、臓器移植について能で表現できないか、とNHKのディレクターに言われたのがきっかけらしい。

新作能を書く際には、いつも「創作ノート」を作っていたが、「生死の川」にはない。ただ、エッセイでその時のことに触れられていて、左脳は理論的、右脳は情緒的な役割を果たすというが、英語の論文を書いていたら、右脳が反乱を起こし、一晩で安楽死にまつわる能を書いてしまった・・とのこと。

いつもの作り方であれば、大量の資料を読み込み、そのあとの1週間ほどで書き上げ、いつも真州に舞台をかけるように依頼していたそうです。「生死の川」は短い作品で、式江夫人はこれまで注目してこなったそうですが、興福寺の多川俊映に見せたところ、是非上演するようにと勧めたのだとか。

真州はずっと構想を練っていたようで、七回忌にあたって、熟成、発酵された上演となりました・・と、いうようなお話でした。

さて、いうまでもなく、今回の新作は森鴎外の「高瀬舟」がベースとなっている。鴎外というと、文体のせいもあると思うけど、夏目漱石よりも『遠い』という感じが(クリコ的には)する。「高瀬舟」は一度どこかで読んだかもしれない・・・、という程度で、青空文庫で読み直して出かけた。
(→ご参考:http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html PG12ぐらいでしょうか。)

ところが配布されたパンフレット(解説by小松美彦)に、そうだったのか・・・!!と衝撃を受けるような事実が書かれていて、全く知らなかった(忘れていた)ので(←森茉莉も杏奴も結構好きで昔は読んでいたのに、例によって読み飛ばしていたらしい)、開演前に見所で、え"え"え"・・・と、勝手にビビっていたことでした。

なんと「高瀬舟」の背景には、二つの安楽死にまつわる実話があり、一つは神沢貞幹(杜口)の「翁草」に採録されていて、これは「高瀬舟」の原話として既に知られているとのこと。そして鴎外にとってもまた、『実話』であったとは・・・。不律=夭折のイメージしかなかったので、鴎外を見る目が変わってしまいそうです。鴎外の次男・不律が百日咳で亡くなったとき、医師の提案で「楽にしてやる」ことに、鴎外も同意していたらしい。そして茉莉もそうなるところだったけれど、来合わせた母方の祖父が止めたおかげで助かったとのこと。・・・。
(←ちなみに、神沢貞幹は大の能好きで有名だったらしい。)

また、このパンフレットに、なんと全文の詞章がアイの語りに至るまで掲載されており、非常によかったです。皆この詞章をめくりながらの鑑賞となりましたが、この曲のあまりにも重いテーマを理解するには、相応しい対応だったと思う。「ページ音」が収録のマイクに入っていたら、編集で消してください・・という感じです。

前置きはこれぐらいにして、いよいよ上演です!

片袖脱いだ素襖姿の欣哉がまず登場。棹を手にした船頭の出で立ちで、登場楽も一切なく重々しく名乗る様子に、当然「隅田川」を思い出す。でも違うな・・と思ったのは、橋掛りの一の松付近で名乗っていたことと、新作のリアリティでしょうか、「隅田川」よりさらに暗い感じで、少し格を下げていたような印象です。

自分は高瀬舟の船頭であると言い、いわば貨物船で、大阪からの荷を京都で降ろしまた大阪へ帰るところ、とのこと。舟の作り物は無しで、道行を謡い、ワキが橋掛かりから、舞台へと入ります。

揚幕があがり、シテの登場です。

恐ろしげな姿の男が一人、その舟に乗せてくれ・・と言う。黒い笠、黒頭に、黒灰色の水衣、着付の黒づくめの姿で、その顔は・・よく見えない。シテから立ち上る冷ややかな、暗い気配にはっとさせられる。舟を岸に寄せてほしいと頼むシテに、ワキは渡し舟ではないのだからと「いや 寄るまじく候・・」と応えると、それでもシテは乗るという。

そしてここからの場面で、これほど幽霊が幽霊らしく表現されているのは、能の中で初めてなのではないかと思わせるほど、真州の非常な工夫を感じさせました。

ぷいっと顔をそむけた欣哉が正面のほうを向いている間に、幽霊は早足でスススっと橋掛り(川面)を進む。そして舞台に入る前に、そっと舟の縁をまたぐようにする。気配に気づいたワキが橋掛かりのほうに振り向く間に、その背後を通って、シテはいつの間にかワキの目の前に座っている・・。

表情は崩さずに、「黒き影はいぶかしや・・」と、これに非常に驚く欣哉。表情のうかがえない真州の不気味さ。地謡も、並々ならぬ気合いを感じさせて素晴らしかった。

そしてさらに、あっと驚かされたのは、シテが笠を取った時、シテがその顔をまるで打覆いのように、灰色がかった布で覆っていたこと。死人らしくもあり、罪人らしくもある表現だろうか。(可愛いベビーフェイスの真州向きでもある。)その姿に不気味さがさらに増して、ぞわぞわと来ました・・・!ワキも思わず「そもいかなる人にてましますか」と尋ねています。

シテは自分はその昔、高瀬舟で離島に流された囚われ人だという。しかし、罪人ではない。と。我が罪のありかをたださんために来た・・と言って、幽霊は舞台に沈みこむように消えていきます・・。中入。

あまりのことに驚いた船頭は、思わず舟を止める。棹を置き、一度装束を整えたワキは、地元の人(アイ)に、人を苦しみから救うために、人をあやめたと語る不思議な男に会った・・という話をする。

アイは、それはもしかして・・と語り始めるのですが、何せ親切にすべて台詞がパンフレットに書かれており、皆それを片手に観ているわけで、万蔵的には、ちょっと罰ゲーム的だったカモ。しかし堂々と、違えることなく端正に語り始める万蔵。

その内容は、ちょうど「高瀬舟」をアイ語りに仕立てたような、短い小説のようでもあり、分かりやすくドラマチックでもありました。とある貧しい夫婦の妻が、乳癌の苦しみに耐えかね、剃刀で首を切り、死のうとしたこと。死にきれずにいたのを家に戻ってきた夫が、妻に頼まれその刃を引き抜いて死なせたこと。その夫が罪に問われ、遠島となったこと。妻の激しい苦しみ、その最期の凄惨な様子が淡々と語られ、こうした残酷な表現も、全て受け止めて包含することができる・・のが、語り芸であり、能なんだな・・と思いました。

 


(その2へとつづく。)

 

 

posted by kuriko | 10:47 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
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