能楽鑑賞などなどの記録。  
<< 日本・ポーランド国際共同企画公演 新作能「鎮魂」―アウシュヴィッツ・フクシマの能 (その1) | TOP | 12月 >>
日本・ポーランド国際共同企画公演 新作能「鎮魂」―アウシュヴィッツ・フクシマの能 (その2)

DSCN2990.JPG

 

開演。

 

囃子方がいつもと同じ、黒の紋付姿で登場。続いて地謡というか、今回はコロスが6人、黒っぽい水衣に袴ふうの出で立ちに灰色の唐頭巾(みたいなの)の姿で、橋掛りからやってきます。笛柱前に、舞囃子のときと同じ形式で三角形を作って座る。舞台は、現在は見学施設となっているアウシュヴィッツ強制収容所です。

 

ツレの高夫―福島からやってきた日本人の男性―と、アイの博治―アウシュヴィッツの日本人ガイド―もやってきた。二人はより現代人ふうというか、ツレは白の着付けに茶色の括り袴、アイもベストみたいな丈の短い萌黄の側次に、着付、袴といった簡素な出で立ち。

 

そして「恐ろしい光景です」と、ツレの第一声。続いてガイド役のアイも平明な現代語で話していた。しかし二人の醸し出す曰く言い難い迫力、存在感(素晴らしかった)は、まさしく古典の舞台のそれで、詞章の現代語としての簡潔な美しさ、その反面、語られている内容の深刻さに、気にしている暇もない。
(後半に蠢き?はじめるコロスたちも、さすが銕仙会と思わせる胆力のある素晴らしい謡いぶりだった。)

 

二人が今、目の当たりにしているアウシュヴィッツに今も残される歴史の証拠品の数々と、「お国は」とアイに尋ねられ、「福島です」と答えるツレの言葉の重さ。そして、自分の息子は津波で死に、故郷は原発事故で汚染され、一緒に避難した妻も亡くなって、自分の家族は誰もいない、と。

 

この新作能は、1945年、そして2011年を経た間違いないく現代がその舞台だし、現代語で話していることが自然なのだな・・と思わせた。ツレ、アイともに無理に抑揚をつけた節付とせずに、わりと朗読劇に近いような台詞廻しにして、聴き取りやすくしていたのも成功の要因かも。

 

そこにコロスが、「春はきよらか 春は緑・・・」と謡う。人為の光景と、自然との対比。前シテも登場します。

 

老人の面、白髪交じりの亜麻色のような垂髪に、薄墨色の水衣、着流の出で立ちです。手には能ふうの熊手を持っています。そしてシテの圧倒的な、端正な存在感は隠しようもない。

 

自分は、津波で息子を亡くした巡礼だと名乗るツレに、シテは、自分はここで遺骨を大地から集めては整理している、かつては61617番だった・・と語る。彼はただの数字として死んだらしい・・。

 

シテ、ツレ、アイはここで、目付のほうに向かって、粛然と彼岸を見つめる。ここで、「帰り来るを立ちて待てるに季のなく・・・」と、皇后の御製。

 

シテは、自分は熊手で大地を梳り、今も葬られなかった遺骨を集め、こうして箱に収めている・・と、小さな箱をその手で示す。
(これが例えば「高砂」の前シテの場合、大地を掃くのは同じように清めの行為だが、やはり同じ意味を示しているのだろうか。)

 

そして、アウシュヴィッツに今も眠る、膨大な人の骨たち―コロス―も、蠢き始める。シテは自分が家族から「アチュウ」と呼ばれていたこと、そして61617番として拷問されて19歳で死んだこと、ツレは、3月11日に息子から電話があったこと、「父さん、間に合わないかも・・」と途切れたことを語る。シテは静かに、ツレは激しく語っていた。そして思わす「父よ」「息子よ」と、呼びかける。

 

中入、シテは一人寂しく、橋掛かりの向こうへと帰って行った。六の字の音色が素晴らしく、シテの背中の悲しげなこと・・・。

 

ここからアイの長い語りというより、長い長い台詞となるのだけど、今回の博治は本当に素晴らしかった。古典と現代劇を折衷した深みのある台詞廻し、万作と萬斎さまに鍛え上げられた演技力と舞台センスが光っていました。

 

そしてかなり踏み込んだ台詞があることに、こんなことまで言っちゃって大丈夫かしら・・。なんて考えている自分に、はっとさせられる。

 

アイによって語られる、ナチス・ドイツによるホロコーストこと、大震災のこと、原発事故のこと・・。これらを結び付けて考えることに、違和感を覚える日本人は多いと思う。

 

しかしヤドヴィガ・ロドヴィッチという個人的な歴史を持つポーランド人(そしてそうした歴史のあるポーランド人はとても多い)が、この極東の島国で震災という理不尽な悲劇に遭遇したことも事実だし、さらに言うなら、ポーランドという複雑な(単純な歴史というのもなかなか無いが)歴史と文化の国の人が、能に出会ったこともまた事実なのだ。

(「ヤドヴィガ」だとか「ミルテ」だとかの名前の響きも、聞く人が聞けば馴染み深いことだろう。)

 

後シテの登場、若き「アチュウ」としての姿で、真っ黒な美しい髪に、壺折りにした白い舞衣、浅葱色の大口で、和風の天使のような出で立ち。面は「十六」のような風貌で、凛々しさとまだ少年の面影を残す造作。そしてその胸には、ミルテ(銀梅花)のリースが・・・。

 

アイが語っていた。アウシュヴィッツから家族に戻されたアチュウの棺は空だったとか。その棺に、妹のリリがミルテのリースを載せた、と。ツレは息子の亡骸を葬ってやりたかった・・と言う。おそらくは、シテであるアチュウの魂は、我が子を想って泣く巡礼の涙で癒されたようだった。

 

コロスたち、弔われぬ死者の遺骨たちも立ち上がる。天災であれ、人災であれ、その死が理不尽であったことに変わりはない。シテは言う、死者たちのために泣けと、そして死によって解放され、自分は天を目がけて飛ぶと。

 

「再生と昇天の早舞」と題されたシテの舞は、物悲しい笛の音色と、力強い大小の鼓の響きで、懐かしいような、高揚するような気持ちにさせられる。てっつんの舞も素晴らしかった。この舞が、あらかじめ示された通りの主題であると素直に納得できたのは、純粋にシテの舞が素晴らしかったから・・だと思う。抑制された能の型にこそある、命のある身体以上の存在感が伝わってきた。

 

そして、シテが舞台に拡げた扇を置いて、大地から埋もれた骨たちを拾い上げる場面、囃子のアシライがつき、逆にすさまじい沈黙を感じさせた。骨を拾い上げようと、俯いたシテの面から表情が消えて真っ白になる。本来もの言わぬ、無数の死者の顔ばせを思わせた。シテは言う、私の身体は木々や虫たち、魚たちの糧となり、自分はもう自由だ・・と。

 

そして今上の御製、「・・・見下ろす海は青く静まる」と、コロスたち(骨たち)と共に謡いあげる。シテを先頭に、死者たちは揚幕の向こうへと去って行く。そして再び、幕の下りた向こうから、「青く静まる」と声が聴こる・・。

 

福島からやってきた巡礼者のツレは、最後に「故郷に帰りたくなりました」と力強く、アイに告げる。失った故郷を再生させたい・・と、そんな強い決意さえ感じさせる終幕の言葉。そして二人も舞台から静かに去る。

 

・・・・。

 

というわけで、非常に感動した、素晴らしい舞台でした。

 

もちろん、アウシュヴィッツもフクシマも神話ではないし、福島に至っては歴史とも言えない。現代語で語られると、さらに生々しい痛みがある。鎮魂としての曲であり、芸術として充分昇華されたものではあったけれど、「今もそれどころではない」と訴える当事者たちもいるだろう。

 

舞台の行き方としては奇をてらうところもなく真っ直ぐで、人がそれぞれの持つ個人的な歴史を、人類の普遍的な物語へと昇華させる作者の文学的な力量とでもいうか、その骨子の確かさと、旅人が訪ねた土地の、その記憶をまとった霊が出会う・・・、能楽の類型の偉大さを思った。その死後に、父(神)のもとで天国で再生する・・キリスト教的な死生観と、死者の魂を慰撫する能楽という芸能の融合も、違和感なく練り上げられていて、よい意味でなんでもありというか、懐が深いとでもいうべきか。
(他の新作の例では、多田富雄の「長崎の聖母」だとか林望の「聖パウロの回心」ぐらいしか見ていないけれど、東西を問わず宗教的な主題とやはり相性がいいのかもしれない。)

 

今上と皇后の御製にも、あの舞台の進行の中で、詞章として演者の声に乗り発せられた謡として聞くと、深く染み入るような優しさと大きさが改めて息づいていた。

 

かつて数多の能は、非業の死を遂げた人たちを慰めるものでもあったというけれど、こうしていま現在の、自分と同じ地平にあるものとしての新作能を観る・・というのも、稀有な経験だなと、思ったことでした。

 

 

余談。

実は私、今上と皇后が、小さな声で話をされているのが聴こえるぐらいの席に座っていたのだけど、もちろん何を話されているかはほとんど分からなかったのだけど、最後に今上の御製が詞章に登場したときに、「陛下の・・、陛下の御製」と、皇后があの綺麗な声で、愛しげに口にされていたのも耳に残った。

 

 

(おわり。)

 

 

posted by kuriko | 22:18 | 能・狂言 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
 クリコ様

 久々にお便りをいたします。
 東京は今日、11月としては54年ぶりの降雪で、湿り気のある雪に木々の梢が白く覆われています。

『新作能「鎮魂」―アウシュヴィッツ・フクシマの能』という素晴らしい新作能をご覧になられたのですね。ヤドヴィガ・ロドヴィッチという、能に精通している女性の駐日ポーランド大使の原作ということです。
 アウシュヴィッツとフクシマを鎮魂の場として登場させるという、優れた発想にまず注目しました。ツレの高夫―福島からやってきた日本人の男性―と、アイの博治―アウシュヴィッツの日本人ガイドという、二人の進行役を配し、熊手で大地を梳り、遺骨を収集している謎の老人をシテとする、巧みな取り合わせ。白髪交じりの亜麻色の垂髪に、薄墨色の水衣を着たこの老人は、実はナチスに拷問され、19歳で死んだアチュウという青年の化身だとのこと。

 ナチス・ドイツによるホロコーストと、大震災、原発事故のことを、アウシュヴィッツのガイド役であるアイに語らせるという着想も優れていると思います。

 なにより、2012年の歌会始で両陛下が詠んだ大震災と津波への鎮魂の和歌
 ●「津波来し時の岸辺はいかがなりしと 見下ろす海は青く静ま る」(天皇陛下)
 ●「帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく 岸とふ文字を歳時記に見ず」(皇后陛下)
 をクライマックスに織り込むという深い教養を、この元駐日ポーランド大使はお持ちということに敬意を表します。

 後シテは《和風の天使のような出で立ち。面は「十六」のような風貌で、凛々しさとまだ少年の面影を残す》若き「アチュウ」の登場。そのシテが舞う「再生と昇天の早舞」はさぞ感動的だったと思います。

 最後に、「キリスト教的な死生観と、死者の魂を慰撫する能楽という芸能の融合も、違和感なく練り上げられていて、よい意味でなんでもありというか、懐が深いとでもいうべきか。」と、この能の全体的な印象を述べられたクリコさんの結語に、私も同感いたします。

 また、両陛下の見所と近いところの席にいらっしたクリコさんが、能の最後のほうで、今上陛下の御製が詞章に登場したとき、
《「陛下の・・、陛下の御製」と、皇后があの綺麗な声で、愛しげに口にされていたのも耳に残った。》という記述は、非常に貴重なルポになると思います。
 天覧能といえば、一度だけ私も遭遇したことがあります。梅若玄祥さんの叔父さんにあたる梅若恭行師が、1999年に国立能楽堂で「関寺小町」を演じたとき、両陛下が臨場されており、実に感動的な舞台であったことを覚えています。

 このような、外国人のつくった優れた新作能を、わかりやすく解説していただき、ありがとうございました。観る機会を逃してしまったことを残念に思っています。
 取り急ぎ、感想まで。
                                                           江口老
2016/11/24 13:53 by 江口老
江口老さま

コメントありがとうございます(^^)

今回の新作、演出がよかったのも勿論ですが、ヤドヴィガさんはさすが、能の魅力をよく分かっておられる方だな・・と感じました。

再演の機会もきっとあると思いますので、是非ご覧いただきたいです。

ただ、どんな曲でも言えることですが、演者に相応の力量がないと、ただ暗くてカタイだけの曲になってしまうカモしれません(^^;)

2016/11/25 23:16 by くりこ
コメントする










この記事のトラックバックURL
http://kuriko.jugem.cc/trackback/1859
トラックバック
Search this site