能楽鑑賞などなどの記録。  
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国立能楽堂三月企画公演 復興と文化后 (その1)

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講演 
鎮魂と再生の身心変容技法としての
神楽と能というワザヲギ

                   鎌田東二


復曲能 
阿古屋松 
シテ   梅若玄祥 
ワキ   森常好 
ワキツレ 舘田善博 
      森常太郎 
アイ    山本東次郎

 

大鼓   亀井広忠
小鼓     大倉源次郎
笛     藤田六郎兵衛   
太鼓   林雄一郎 (代演)

 

地頭   観世清和

 

節付・型付  観世清和
監修     松岡心平
間狂言台本 山本東次郎


※2017年3月23日(木) 国立能楽堂にて。 

 

 

というわけで、久々に「阿古屋松」を観てきました〜!

東京での「阿古屋松」初演の公演は、2012年だったからもう5年も経ったのですね・・・。

 

さて、冒頭には鎌田東二の講演があったのですが、例によって遅れて行ったので、半分?ぐらいしか拝聴しておりません。講演と能一番のみというシンプルな番組だったので、45分ぐらいはお話されるかな?と勝手に思っていたのですが、30分ほどのお話でした。

 

・・・・が。

 

と、東二、話つめこみ過ぎ・・・(笑)・・!

 

も〜、あれもこれも全部話しておかねばッ!というハイテンションで、非常に面白かったです。懇切丁寧な(?)内容の、これまたかなり詰め込んだレジュメ(←レジュメじゃないw)が配布されていて、まぁそれで助かりました(笑)。

 

というか、このレジュメの内容で一番ええ〜っ?!とびっくりしたのが、鎌田東二はなんと、能「朝長」にも登場する鎌田正清、源義朝の乳兄弟の子孫らしい・・・!!(←義朝と一緒に討たれて死んだ隋一の家臣である。)

 

そういえば、確かに源頼朝の時代になってから、その功績を称えて正清の娘(男子がいなかった?)が地頭職を与えられた、いま流行(?)の「女地頭」の話があった・・・!その人の子孫ってことなのかしら・・??しかしそのおかげで、毎年の御正月はその御先祖さまの死に様について聞かされる、非常に暗いものだったそうな・・(と書いてある)。

 

毎年の御正月には御先祖の話、っていうのが、なんだかキヨんちみたいだわね。。。キヨんちはもっと頻繁にイロイロやってそうだけど。。

 

で、さて、お話の内容は、途中からきいた半分ぐらいのところでいうと、大体こんな感じでした。

 

◇(鎌田東二は)66歳の誕生日に比叡山で3回(天・地・人)バク転した。以前はもっと頻繁にバク転していたけど、最近はトシなので、大事な日にだけバク転するようにしている。

 

◇能に謡われる「草木国土悉皆成仏」というのは、天台本覚思想であり、それは千日回峰行のような「行」に支えられた体感的な生命感が根底にある。

 

◇能のワキの「諸国一見の僧」とは、諸国を経巡る修験者でもあり、(比叡山)常行堂の摩多羅神を祀った、後ろ戸で行われていた芸能が能の発祥でもある。能のある側面は修験道である。

 

◇世阿弥は「風姿花伝」に能(申楽)の起源として次の三つを挙げている。
1.天の岩戸隠れの際に、アメノウズメが神がかりしたワザヲギとなった神道的起源
2.お釈迦様の説法中に、一万人の外道がやってきてこれを妨害したため、三人の弟子が六十六の面白い芸能でこの外道たちを楽しませ、お釈迦様は無事に説法を終えることができた、という仏教的起源
3.世阿弥の祖先である秦氏の河勝が、聖徳太子に命じられて六十六の芸能を作った、家伝的起源

(←ゼアミン。。全部いいとこ取りだな。。と、さすがに心の中でツッコんでいたクリコ。。)

 

◇「阿古屋松」は、「申楽談儀」に登場するが、これは草木国土悉皆成仏的な思想の曲である。世は乱れ、戦争で多くの人が命を落とす中でも、『魔縁を退け、福祐を招く』、それが申楽だと世阿弥は言っている。

 

◇神楽は神がかりだが、能は半・神がかりだと思う。(シテは)前場では人、後場では神あるいは死者として現れる。ワキはシテの話を聞き、そしてシテが成仏するのを見届ける。精神的な痛み「スピリチュアル・ペイン」を取り除く。『魔縁を退け、福祐を招く』心身変容技法としてのワザヲギ、それが能の精神である。

 

◇世阿弥は日本最大の思想家の一人であり、世界最大の演劇人の一人である。演劇というものの精髄と聖性を一番持っているのが能である。

 

◇京都の能楽師・河村博重とともに、「鎮魂能舞」を作り、東北の被災地で奉納する活動も最近は行っている。(チョビ実演つき←謡と舞と現代語の語りと祈祷が1つになっている・・みたい??)

 

・・・そして、いつもの石笛を舞台で吹いてフィニッシュ。東二はここ10年は、世阿弥の研究にハマっているようですが、上智大学でグリーフケア研究にも関わっているみたいですね。 http://www.sophia.ac.jp/jpn/otherprograms/griefcare

これは久々に、能の本(東二の本)も買って読まないとね・・。

 

で、休憩を挟んで、いよいよ本番です。が・・・。

 

う〜ん、これが、あまり良い出来とも言えない舞台だったかな〜・・・というのが、クリコの率直な感想です。GSの衰えのようなものさえ感じられて、ちょっと驚いた。もちろん、GSだって人間なのだし、加齢による身体的な変化だとか、ある程度の好不調の波は仕方がない・・とは思う。

 

しかしなんて言うのだろう、それでもこれまでは感じた、『GSマジック』みたいなものが、もはや消えかけているというか、桜の花が散って徐々に老木となるような趣とは異なり、胡蝶蘭の花がいきなりバサリと落ちたかのような印象。それとも、GSお得意のマジックが、もう私には通用しなくなったのか(笑)。

(←「そりゃ、クリコがGS嫌いだからでショ」と言われれば、まぁそうカモ。)

 

三役が非常によかっただけに、ちょっと残念。

 

それについでに言うと、どんな曲でもそうだけど、この曲もシテがダメだとどうにもならず、物語的にも、私にはあまりしっくり馴染むものを感じさせなかった。前回はキヨがシテだったし、結構楽しく観た覚えがあるのだけど、今回はGSだし(←結局そこ)、しかも後述の状態で、ノルにノレない・・・という感じ。

 

世阿弥作だし、面白くないわけなかろう、とは思うのだけど、この曲がいついかなる理由で退転したのか知らないけれど、それにはそれなりの訳がやはりあるものなのか??あるいは、これまで上演されてこなかったがために、未だ洗練の途上なのか?ヨーシ今回は、しっかり観るでぇ!と、私なりの意気込みをもって臨んだのですけどね。。。

 

とまれ、舞台にはツネ2たち、藤原実方の一行がやってきます。濃い緑に金襴の模様入り狩衣、白大口姿のツネ2。松の緑と都人の華やかさを伝える出で立ち。

 

「さることありて」、陸奥守に任じられたので、折角なので紅葉狩などしている途中らしい。向こうに樵の老人がやってくるので、尋ねたいことを訊こう・・と、笛座前のあたりから、はるか中正面の方向を見渡す。

 


(その2へとつづく。)

 

 

posted by kuriko | 00:20 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
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