能楽鑑賞などなどの記録。  
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ミュシャ展

DSCN3599.JPG

 

ムハは、いかなる国の未来も、その国が歩んできた過去や歴史を知ることにかかっていることを確信していた。

 

(解説より)


もちろん、修正主義でなく、正しく客観的にね・・。

 

今日は六本木まで、アルフォンス・ミュシャ展を観に行ってきました〜。(http://www.mucha2017.jp/)
とっても素晴らしかったです!

 

「スラブ叙事詩」について、書籍などでなんとなく見知る機会があり、いつか実物大で観てみたいものだわ・・・と思っていたので、今回それが叶って非常に嬉しかったです。

 

会場は結構な混雑ぶりで、私はただ『おお、すごい』と感心して観ていたのだけど、後ろにいた女子大生ふうのコたちは、「すごーいっ、なにこれ、すごーいっ」と、やたら驚いていました。

 

ミュシャ自身もきっと、こうした反応こそが嬉しいに違いない・・(たぶん)。「スラブ叙事詩」において、ここまでのサイズとその展示にこだわったのは、絵に込められた魂と歴史に、自身の経験としてできる限り直に触れてほしい・・と願っていたから・・だと思う。

 

20点に及ぶ「スラブ叙事詩」では、天上(精神)世界と地上(現実)世界が同時に、上下に描かれていることが多いそうですが、それはちょうど観る者たちの視点にもつながる。

 

スラブ民族にも原初的には多神教の神がおり、別の神を持つ異民族から侵入を受け、キリスト教を受容するとヴァチカン(カトリック)からの支配と対立し、政治文化的にも、西欧の大国からの影響を常に免れず・・。

 

神々は天上にあり、(時代的な制限もあるにせよ)民族の自由と独立を求めた宗教的、政治的な、そして英雄としての指導者の姿も常に、少し離れた高みにある。

 

チェコ語ふうに発音すると、ミュシャは『ムハ』となるけれど、既に『ミュシャ』が定着しているせいか、受ける印象が随分と違う・・。アール・ヌーヴォーの寵児としてのミュシャと、彼自身の理想とアイデンティティの根本を追求したムハと・・・。

 

私が無知だったダケだけど、1つの頭に4つの顔を持っている古代の神・スヴァントヴィートの如く、画家としても巨人と言える人だったのだな、と、その認識をさらに改めたことでした。

 

DSCN3602.JPG

(※撮影可コーナーでした。これはギリシャ正教側の「アトス山」です。)

 

 

posted by kuriko | 23:17 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
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