能楽鑑賞などなどの記録。  
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第34回 テアトル・ノウ 東京公演 (その2)

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承前。

 

神様の前では、有り難さで自然と涙がこぼれるものです・・と応えるシテ。柔らかい息遣いの声です。どちらのお国の方ですか・・、とワキに自らも話しかけるのも、意外にも気さくな様子で、気位の高い都のお姫様たちとはちょっと違う雰囲気。こうしてお坊様とお会いできたのも有り難いことです・・と。

 

いわゆる修羅能だと、前場からシテが戦語りなどして長くなるのですが、「巴」では、前シテは多くを語りません。

しかし日が暮れて入相の鐘が鳴る頃、神となった義仲様を読経で慰めてほしい・・と語ってうつむいたシテの横顔に、えも言われぬ趣がありました。現代語の意味での幽玄とでも言おうか、今にも消え入りそうな儚げな様子なのに、妖しさも漂います。

 

そして下居からふと立ち上がる姿も、白の装束がよく利いて、巴の霊がまるで現実の身体から抜け出る様子を表わすかのようで、強烈な印象でした。「我も亡者の来たりたり・・・」

 

私の名はこの辺りの者に聞いてほしい・・と言い置いて、シテは橋掛りへと消えていきます。この時の背中が、お笛の音色とも相俟って、その寂しげなこと。たそがれ時の、人知を超えたひとときです。

 

中入りで、アイのたかのんが登場し、義仲の最期など物語ります。たかのん、立派な語りぶりです。

 

続けて、義仲と巴の霊を慰めようとするワキ僧たちの前に、巴の霊が現れます。黒い立烏帽子に壺折にした鮮やかなオレンジの唐織、長刀を手にした勇ましい姿です。「巴と云ひし女武者・・・」謡もスッキリと強く凛々しく、前シテとはまるで別人です。

 

しかし自分の恨みは、義仲様の御最期にお供できなかったことだと、床几に腰かけ、その時の様子を語り始める。破竹の勢いだった木曽義仲もやがて運が尽き、僅かな手勢で粟津の原を落ち延びる途中、騎馬で氷の張った深田に入ってしまい必死で鞭を振るう、その様子がシテ自身によって再現されます。

 

その姿に思わずシオる様子を観せたとき、役柄は入れ替わっていたようです。

 

巴も駆けつけますが、義仲は既に深手を負っていて、シテの視線は舞台の正先に。義仲に歩み寄るシテの様子は、義仲が自害した後よりも、はるかに、本当に悲しそうでした。呆然としているというか、痛ましさに言葉も出ないというか。


この時のシテの面遣いの物凄さ、素晴らしさ。正先にうずくまる義仲の姿が、はっきりと観えるかのようでした。自分も一緒に死ぬからと、自害を勧める巴に、義仲はお前は女なのだから、一人行けと言う。そうしなければ、もはや主従ではないと言う。土壇場で自分の名誉を優先した義仲の言葉に、跪いていたシテの肩が、心底がっかりしたように一瞬がくっと崩れ落ちる。

 

そこに再び敵も押し寄せてきて、鮮やかに長刀を振るって敵を蹴散らす巴御前の強いこと。しかしシテが再び正先に戻ってみると、義仲はすでに自害した後だったのでした・・・。

 

しかし巴はこの時は、いくらか覚悟はできていた様子で、ゆっくりと膝をつき扇を拡げ、泣く泣く形見の品を受け取ります。細かな面のうつむき加減で、涙を流し、顔を上げていられないのが伝わってくる・・・。

 

立ち去ろうとして、思わず義仲のほうを振り返る巴御前・・・。

 

そして目付柱のあたりで、刀の上帯を外し、烏帽子も自ら取り去ると、鮮やかな唐織も脱ぎ捨てます。武装を解いたわけですが、その下には白練を壺折にして着込んでありました。虚飾の無い真っ白になった姿で、形見の刀を大切そうに抱きしめる様子が哀れを誘います・・。(←唐織は後見のしみかんが撤収していました。)

 

歩み去るシテは、後見座で素早く刀と黒笠を持ち替えると(息の合ったこの辺りは、後見のマドカが担当)、笠を掲げるようにして橋掛かりを落ち延びていく様子を見せるのでした。

 

自分のこの執心を弔ってほしい・・。終曲、囃子も止んで、見所のほうを見つめていたシテが、ふと揚幕のほうへと踵を返したとき、非常に寂しそうに、悲しそうにも観え、巴の霊が離れ、巫女が我に返っていたようにも観えました。

 

九郎右衛門率いる地謡も、シテの激しい感情の揺れが情景に溢れ出るのを謡い上げるようにドラマチックで、本当に素晴らしかったです。

 

それに今回思ったのは、「巴」という曲はわりと小品のようなイメージがあるけど、演者側からすると、演劇的な見せ場だとか、構成の複雑さ、女武者であり、女らしくもある多面的なヒロイン(シテ)・・と、遣り甲斐のある曲なんだろうな・・と。シズカの女優ぶりも表現の一つ一つがヴィヴィッドで(笑)、見応えたっぷりの舞台でした・・!

 

 

おわり。

 

 

posted by kuriko | 00:21 | 能・狂言 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
クリコさん

私も、観ました。

クリコさんの詳細リポどおり、とても感動して、
余韻に浸りながら家路につきました。

味方さんの舞台はそれほど多く拝見していないのですが、
もう少し若い時分の舞台は、若さ溢れ、謡や所作も綺麗で、優等生……!という印象で。でも何というか、何かが足りない、もやもやするようなものを感じて素直に受け入れられませんでした。(すみません、偉そうに…)

年を経て修業を重ねるにつれ表現力や人間性に深みが増し、本当の意味で真の力が発揮されてきている、と思います。

巴はいろいろ見どころあり、わりと好きな作品で、何度か観てきているので余計に感動したのかもしれませんが、臨場感に溢れ、大変充実した内容でしたね。
(最後のあの場面で、はかったように携帯が鳴った時には、とても、とても、残念でしたが…)
これからの活躍が楽しみです。

源次郎さん、人間国宝の報道後の公演でしたので、(「三人の会」の時にも拝見しましたが、)ともに聴けて嬉しかったです。成田さん、亀井さん、九郎右衛門さん、そして、三人の会のときの竹市さん・松田さんも。

太一郎さんも久しぶりに見ましたが、発声がちょっと変わったかな?という印象を受けました。
淳夫くん、それから悠太朗くんも無事に、でしたね。(「三人の会」のときは、がんばってーと見守っていました^^)

宝生の橋がかり、やはり個人的には、あの長い橋がかりが好きです。(^^

2017/08/03 17:02 by 凛花
凛花さま

コメントありがとうございます(^^)

今回のシズカさん、特に後場の感情表現がとても豊かで、かつお能として自然(?)でしたよね。
とても素晴らしかったです。固かったツボミが、いま満開でしょうか。
勉強家でいらっしゃるようなので、恋愛小説でも沢山読んで、研究なさったのかもしれせんね(笑)。
前場と後場の対比も鮮やかで、後場での巴御前の「生きている(生きていた?)」感触がヒリヒリと伝わってきました。

あの携帯は確かに残念でしたね〜。舞台の感動が強くて、忘れてましたが・・・。

源次郎さんも人間国宝になられたそうですね。ほほ、ソツの無いことです(笑)。
2017/08/04 01:38 by くりこ
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