能楽鑑賞などなどの記録。  
能楽いろいろ動画集
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(↑微妙にお疲れモードの楽人たち。鶴岡八幡宮にて。)
(↑画像と本文はカンケーありません。)


今回は、ねたづまにつきお送りします。。

さいきん時間がなく、すびばせん・・。


 

【黒川能 王祇祭】
布剥尋常から乱闘になってる・・・(数年前)。ケンカはだめだよぉ〜。。
おばちゃんの「だんめだ、ケンカしては!」が可愛いです♪
https://www.youtube.com/watch?v=i1zkRMycSME


【靖国の英霊にささぐ 新作能 忠霊】

http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300460_00000&seg_number=001

ツレの名前が「観世之正」となってますが、このいかにも戦前!(いや戦中か)という雰囲気の坊ちゃんは、キヨのパパではないですかね??
(好意的でない紹介ですが。)


【小鼓の美をさぐる】

鼠のお父さん(大倉源次郎)の親父ギャグに、聴衆が息を呑む瞬間・・。
https://www.youtube.com/watch?v=t3sO8z1GX-Y


【大島衣恵 舞囃子「三輪」】

大島衣恵って、ホント綺麗だなぁ〜。。(←そればっかし。)
能楽界のオスカル様だわね。。(たぶん)。

https://www.youtube.com/watch?v=dPtR50blBUo



 

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よみうり大手町ホール開館記念能
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御奏者番 林望
御使番   浅見重好
        上田公威

小謡
四海波  観世清河寿

居囃子
老松    観世清河寿
      福王茂十郎

東北    金春安明

高砂    金剛永謹
      福王茂十郎

大鼓    佃良勝
小鼓    観世新九郎
笛      一噌庸二
太鼓    小寺佐七

舞囃子
弓矢立合
       観世清河寿
       金春安明
       金剛永謹

大鼓    佃良勝
小鼓    観世新九郎
笛      一噌庸二

狂言
棒縛
シテ   野村萬
アド    野村万作
      野村万蔵

半能
石橋 大獅子
シテ   観世銕之丞
ツレ   観世喜正
ワキ   森常好

大鼓   亀井広忠
小鼓   幸清次郎
笛     松田弘之
太鼓   金春國和

地頭    岡久広

※2014年4月5日(土) よみうり大手町ホールにて。


というわけで、よみうり大手町ホールの開館記念能に行ってきました〜!
シテ方三流儀の家元揃い踏み!国宝兄弟の棒縛!てっつん&喜正の石橋!と豪華な番組でしたお〜。

でも、あれ、大手町ホールって、以前からなかったっけ??と思っていたら、それは日経ホールのことだったのであった。。

で、まずは開館を記念して、よみうり大手町ホールのすぐそば、江戸城のお正月でかつて行われていた『謡初』の儀式からです。(番組に記載のシンペー(←松岡心平)の解説によれば、『現代的再現』とのこと。)

ホールのステージには、さらにその上に舞台が敷かれて、鏡板、短い四本の柱や橋掛かりなども造られていました。大手町ホールに常設の「備品」としての組立て式舞台とのことなのですが、もちろん真新しく、白くてぴっかぴかです。

お調べが済むと、侍烏帽子に素袍姿のキヨを先頭に、ずらずらと短い橋掛かりを能楽師たちがやってきました・・!
考えてみるとキヨが小刀・侍烏帽子つきの素袍姿というのは、ちょっと珍しいのカモ??
 
舞台上手からキヨ、火星のプリンス、いやキングか(←どちらにしても失礼。←金春安明)、エイキンとずらりと並び、さらにその背後には三人ずつ、それぞれ流儀でお揃いの大紋ふうの素袍を着た地謡が並んで座る。まるで親分が子分を引き連れやってきたかのようで、ちょっと面白い光景です。
ちなみに、観世流は武田宗和、関根知孝、岡久広、金春流・本田光洋、辻井八郎、金春憲和、金剛流・豊嶋三千春、種田道一、金剛龍謹。といった具合。地謡は家元の後見(物着)を兼ねるので、流儀の精鋭(たぶんね?)が選ばれているらしい。

そしてそこに、しずしずと橋掛かりをやってきたのは〜、なんと「御奏者番」のリンボウ先生でした!メガネも取って凛々しい長裃姿です!

目付柱の付近で、全員平伏するキヨたちに「謡いませい!」とびしっと告げる。リンボウ先生はなかなか役者的なセンスもあるらしく、厳めしい風格を漂わせてヨイ感じでした。

キヨはこれに対して、間髪入れずに平伏したまま「四海波」を力いっぱい謡う。実はクリコ、何年か前にも横浜能楽堂で同じ「謡初」の再現を観たことがあるのだけど、これは何度観ても観世大夫は大変そうである。キヨは少しでも声を響かせようと、お顔を真っ赤にして謡っていました。

ちなみに言うとリンボウの最初の出番は、この「謡いませい」の一言で終わり、すぐに引っこんでしまいました・・。

この小謡が終わると、切戸口から素袍姿の茂十郎、囃子方がでてきます。(あれ、囃子方は最初からいたっけかな・・?思い出せない。)囃子方は「翁」の時と同じく、侍烏帽子に素袍姿なのですが、なんと地謡座に座ります。素袍の袖を脱ぐという形にはしないで、下からちょっと手を出す形にして道具を構えていました。

茂十郎の待謡から、今度はキヨの「老松」で居囃子のスタートです。茂十郎はこの後、エイキンの「高砂」でも待謡を謡っていたのだけど、ちょっぴしのサワリの部分だけで、このためだけにわざわざ東京まで来たのであろうか。。

しかし居囃子ってずっと聴いていると、あれ、私いま何してるんだっけ・・?という気になってくるのはクリコだけでしょうか。。耳に馴染んだキヨのヨイお声、火星王の不思議な透明謡を聴いていると、なんだかトリップしてくるような・・。金春流の地謡は、黒川能を思い出させる独特なクセを感じる。金剛流の謡は、単なる印象だけど、やっぱり今では観世流に近いような・・。

真新しいホールは音響にもこだわって作られたようですが、やはりセットの能舞台は屋根がなく天井が高いので、音がちょっと上に抜ける感じかな。

ちなみに、キヨの「老松」が終わると、茂十郎と太鼓の佐七は一度引っこみ、エイキンの「高砂」で、また切戸口から出てきていました。他のメンバーはずーっと座りっぱなしなのだけど、そこは能楽師なので(?)慣れたものでしょうか。(実際には、退場の時に、あ、足シビレてる・・という人もいましたが・・☆)

さて、この三流儀による居囃子が終わると、再び御奏者番のリンボウ先生と御使番の重好、公威が切戸口から登場します。重好は恭しく白い着物を捧げ持ち、公威は葛桶を持っての登場です。

で、リンボウ先生がワキ座付近で葛桶に座り、この厚手の白い着物を与えるのを、キヨを最初に大夫たちは順番に進み出て恭しく受け取る。

クリコは「な〜に、あの『かいまき』みたいなの?」と思っていたのだけど、あれは浜松時代の徳川家康公御所縁の「白綸子紅裏の小袖」じゃ〜い!ということらしい。ナルホド、キヨ(観世流)だけ襟のところの紅裏が強調されていて、ちょっと目立つようになっています。

キヨも講演で好んでよく話している歴史秘話?なのだけど(←自称・観世清河寿研究家)、徳川家康が三方ヶ原の戦いで大敗した時、「ふて寝」していた家康が投げ与えた白綸子の小袖を、側近の観世大夫が壺織に着て「弓矢立合」を舞って慰めた・・というめでたい(?)故事にちなんでいるらしい。

というわけで、三人の大夫たちはそれぞれ自分の子分・・、いえ地謡兼後見のもとに戻り、この時服(小袖)を素袍の上から三人がかりで壺織に物着させ、いよいよ「弓矢立合」です・・!

今度はリンボウ先生も葛桶に腰かけたまま、きりり!とその様子を見守っています。

「釈尊は 釈尊は 大悲の弓の智慧の矢をつまよつて 三毒の眠りを驚かし・・」

で、これがも〜う、三流儀の地謡は見事にばらんばらん、白い小袖をまとった三人の大夫たちの舞もバラバラ?!です。それでいて、狭い能舞台でそれぞれ主張しつつ、ちゃんとぶつからず全体にバランスがとれている絶妙さは、さすが大夫たちの芸でしょうか。キヨはキヨのまま、火星王は火星王のまま。三人同じ型で舞うというより、三人バラバラで一つの型とでもいうか・・。

先日の「能と文楽」公演で、黒子たちがそれぞれ違う動きをすることで、一つの人形を動かしていたのを思い出しました。大夫たちは皆、対照的に白い小袖姿でしたが・・。

この舞が終わると三人の大夫たちは、またそれぞれに後見に手伝わせて小袖を脱ぎ、元の姿に戻ります。

そしてここからちょっと面白いのが、リンボウ先生はまず恭しく進み出たキヨに、ご褒美にと持参の裃の肩衣を与える。続いてなんと、遠山の金さんばりに!(←みんな知ってるかな?)自らの肩衣も脱いで!投げ与え、観世の地謡(久広)が拾い上げていました・・!御使番の二人も、ばさりと肩衣を取っています!(投げてはなかったけど。)

たしか〜これもキヨがどこかの講演で話してたかもしれないけど、観世左近(二十四世)の「能楽随想」によると、江戸城でこの謡初があった頃は、終了時のご褒美に将軍や御三家や大名たちが自分の裃の肩衣を観世大夫(だけ!)に投げ与え、その後、観世屋敷に各大名家からお使いが来て、「纏頭」(御祝儀)と引き換えに持って帰っていたらしい。この御祝儀だけで、観世大夫の家は一年食べていけたそうな。だけど、幕末の動乱期にはさすがにそんな余裕は無くなって、観世屋敷には虫に喰われた肩衣がいっぱい残されていたとか・・。夢の跡ですな・・。

ちなみにこの「能楽随想」には、江戸時代に行われていた「謡初」の次第が詳しく掲載されていて、左近は「いかに壮麗なものだつたか」とか書いているけれど、とにかく延々と盃事が続き(十一献まである!)、儀式とはいえクリコだったら退屈すぎて気絶しそうな長さである・・。(←その前に、そこに居られないだろうという話もあるケド。)
どうも将軍家、大名家の献酬と式楽(能楽)のリンクによって、江戸城の謡初は行われていたようですが・・。また家光以後(?)の謡初は、観世流・喜多流が常勤で、他の三流儀は輪番で参加していたらしい(from能楽大事典。my friend..)

(←そういえば、リンボウ先生が三人の大夫たちに白小袖を渡した後、懐に入れていた紙をぱらりと舞台に投げて、これをリューキンが進み出て恭しく拾い上げていました。あれの意味だけ分からなかったな〜・・と思っていたけど、小袖と一緒に(ご褒美の?)目録が与えられたとあるから、それかもしれない。)
(←最後に肩衣を脱いで観世大夫に与えるというのも、「大阪夏の陣の折、家康公が云々・・」の逸話があるらしいのですが、もうこれは割愛。笑。)

そして肩衣も脱いで紋付と袴姿になったリンボウ先生が、正先に進み出て平伏し彼らしく明快な口調で、儀式が滞りなく済んだことを報告かつ宣言する。こうしてこのホールの謡初が、めでたく完了したのでした〜。

で、休憩を挟んで、人間国宝ブラザーズによる狂言「棒縛」です!

これが、またまたですね〜、なんていうのでしょう、面白いというかハラハラするというか。何と言っても、お二人ともとっくに80歳も超えている超高齢者なわけで(1930年生まれと、31年生まれの年子なの♪)、それで演目が白眉の「棒縛り」!です!

太郎冠者(萬)は両腕を棒に縛られ、次郎冠者(万作)は後ろ手に縛られたまま演技するので、とっても大変みたいなのですよね〜。

・・なんて、クリコの予断など何の意味もなく、実体験によって鍛え上げられた身体能力というのは、やっぱり凄い!です。
呼吸こそ多少はおつらそうでしたが、萬は両腕を棒に縛られたまま、あの自由自在?!の動き、万作は後ろ手に縛られたまま、全く身体のバランスを崩さず起居に不安を感じさせません。実は意地の張り合いもあったでしょうが・・(笑)。

それでいて、「酒が飲みたいの〜」と顔を見合わせて笑うところなんて、年齢を超えた無邪気さ、純粋さを感じさせて、いくつになってもいたずらっ子兄弟の輝きを感じさせました・・!そういえば、お二人の本名は「太良(たろう)」と「二朗(じろう)」だったなぁと思ったり。
(ついでに言うと野村四郎は本名で、万之介の本名は悟郎である。三郎はどうなさったのだろう。。?)

ここまで来ると、無心というべきか必死というかべきか、自然体と至芸が渾然とした境地を感じさせます。大マジメに、「ガラ、ガラ、ピーン!」と酒蔵に侵入!あの手この手で、お酒になんとか喰らいつく!

喜んで謡ったり舞ったりしていると、そこにご主人さまが帰ってくるのですが・・。万蔵はなんだか、このBIG2の間に居て違和感の無い貫禄というか、風格が出てきた感じでしょうか。(←余計なお世話ですね。すみません。。)きっとこの困った老僕たちを、なんだかんだ言っても大切に家に置いていたのでは?と思わせる丁寧なご主人さまぶりでした。もちろん、口ではぷりぷり怒っていたのですケド。

ご主人さまに怒られ、二人は「お許されませ、お許されませ・・」と、すたこらっといずこかへ逃げていきます。。。

そ〜いえば、能の場合は橋掛かりの向こうは死後の世界だけど、狂言の場合は永遠にループしていく日常(生の世界)なのではあるまいか。なんだかちょと、そんな気がしたのでした・・。

続いては、てっつん&喜正の「石橋」です!

囃子方、地謡が登場すると、紅白の牡丹が付いた一畳台が運ばれてきます。

・・・が、このボタンの花というか、木の枝ぶりがちょと今イチ。。。近くで観すぎたせいかもしれませんが。。単なる想像ですが、本職でない美術さんが「こ〜んなもんかしら?!」と作ってみちゃったかのような雰囲気でした・・。

ま、それはさておき、立派な坊さん姿のツネ2が現れ、「もう石橋まで着いたし、一休みしたら渡ろうっと」みたいなことを言う。(←実際にはもっと厳めしい表現で。)

そこでたちまち、獅子の咆哮の如く勇壮な乱序が奏でられると、まずは白獅子の登場です!ノシノシと貫禄を感じさせてまずやってきたのは、てっつんでした。

一畳台の上から、さっ!と揚幕のほうを振り返って、赤獅子を呼び出します。てっつんのシルエットは、全体としてなんとなく丸っこいので、この時ミョーにライオンぽかったです。

闊達な様子でやってきたのは、赤獅子の喜正です。親子というより弟でしょうか。二頭の獅子は遊び戯れ、型をビミョーにずらしてあるのが、それぞれに主張があるようで面白い。それにてっつんの獅子は、やっぱりあっつんの獅子に似ているような。。当り前だけど。。いや、あっつんがてっつんに似てるのか。。

獅子たちは存分に遊び戯れると、渓谷の涼しい風に吹かれてくつろぎ、そしてまた遊び始める。かつてはこんなふうに、江戸城の大広間で飛び跳ねていたのでありましょう(←想像です)。それが今ではセキュリティもばっちりの、オサレなインテジェンスビルの1フロアに・・・。

こうしてめでたく開館記念能は終わったのでした〜!

ちなみに秋にもまた開館記念能があるみたいで(チラシが配られていた)、9月23日(祝)だそうで〜す。
宝生流、喜多流が登場します☆
posted by kuriko | 22:47 | 能・狂言 | comments(2) | trackbacks(0) |
第9回 萬歳楽座 その1
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恋重荷
シテ 梅若玄祥
ツレ 片山九郎右衛門
ワキ 宝生欣哉
アイ 山本泰太郎

大鼓 亀井忠雄
小鼓 観世新九郎
笛   藤田六郎兵衛
太鼓 観世元伯

地頭 観世銕之丞

千手 重衣之舞
シテ 観世清河寿
ツレ 大槻文蔵
ワキ 宝生閑

大鼓 亀井広忠
小鼓 大倉源次郎
笛   藤田六郎兵衛

地頭 梅若玄祥

※2014年4月10日(木) 国立能楽堂にて。


というわけで、萬歳楽座に行ってきました〜!
今回は豪華2本立ての番組でしたお〜。

例によってまずは六郎兵衛の御挨拶がありました。萬歳楽座も、はや九回目。次回は区切りとなる10回目です♪とのこと。

今回はどどんと二曲上演で、「叶わぬ恋・束の間の愛」のキャッチフレーズは私が考えたんですよ♪とか。そしてどちらも村上湛による新演出なんだとか。特に「千手 重衣之舞」のほうは、秋の観世流企画公演でもキヨと宝生和英の異流共演で予定されているのだけど、キヨが「全然かまいません」(太っ腹☆)と言ったとかで、一足早くお目見えだそうです。

ポイントとなる「重衣之舞」も、みんなであれこれ工夫を凝らしました。だけど、いつもの公演とはどこが違うのかなんてことは全然気にしないで、ただ「能って面白いな、美しいな」と感じてもらえればそれで結構です♪とのことでした。


ふぅ〜ん。。。


・・・。


だがしかし!


そうは問屋が卸さな〜いッ(笑)!


というわけで、六の字(←古い)の言うことは無視して(笑)、クリコの感想を思うままに述べて行きたいと思います!

二時間半の公演でど〜やって二曲も納めるのだろうと思っていたけど、かなり刈り込まれた印象の、圧縮というよりショートカット版の二本立てとなっておりました。「恋重荷」も「千手」も、どちらも時間を短縮したいんだなぁ〜という強い意志だけは感じられる公演だったかな(笑)。

華やかで面白い舞台ではありましたが、今回のような普及向けの公演や大ホールであれば便利な演出なのだろうけど、通常版やその他の演出も知っていると、なんだかちょと物足りないかんじ・・・。ナルホド、順序よく要点を整理したからといって、演劇としての質が上がるわけでもないんだなと、ヘンに感心(?)させられた公演だったのでした。

で、まずは「恋重荷」から。古い型付(慶長型付?)に残されていた『古式』をかなり意識した内容ではありましたが、あくまで新演出としての上演でした。

後見の喜正がしずしずと橋掛かりをやってきて、重荷を正先にてん。と置く。そして九郎右衛門扮する女御さまの登場です。千駄ヶ谷の長いなが〜い橋掛かりを、お上品にゆっくり、ゆっくりやってきます。あまりにも時間がかかり『長っ。』という印象で、随分と位の重い感じだな、と思ったのですが、どうやらここから既にヒミツがあった模様です(たぶん)。しかしさすが美しいというか、豪華な装束が目に沁みるかのようです。

女御さまが葛桶に腰かけると、つづいてワキの欣哉もやってきます。

例によって菊の下葉取りのじ〜さんが、女御さまに恋しているとの話なので、呼び出して訊いてみよう・・。と、まず言うのはいつもの観世流の通りなのですが、ここでオヤと思ったのは、なんとシテが出てくるその前に、これはいかにも軽そうな『恋の重荷』を造り、持ち上げられそうに見えて持ち上げられない、奴の恋を諦めさせる(女御さまの)御心遣いなのだ、と、欣哉がその計略を先に話してしまっていたこと。金春流の行き方でしょうか。いつもだったらシテが死んだ後に話すのに、ははぁ、ナルホド。。有り難いことです。という感じ。

そんなこととは露知らず、シテのGSがやってきます。

橋掛かりに現れたGSは濃い茶色の水衣を着て、その姿が痩せて観えたのには感心した。実際に少しは痩せたのかもしれないけど、この人はほんと、痩せて観える着付けに関してだけは天下一品である。(←そこに感心してどうする。って感じだケド。)

そこでシテはワキに、この重荷を持ち上げることができたら、女御さまの御姿を拝めるぞ・・と持ちかけられる。悲しきは恋心、そこでシテはヨッシャ持ち上げちゃうぞ!と、ふんぬっと頑張るのですが、この量感の表現がさすがGS・・と思っていたら、なんと重荷がちょっと動いた(笑)!(←どうやら後半の演出のために、いつもより軽めに造られていたようです。)

これなら頑張ればいけるんじゃん?!スゴイ新演出だ!と思っていたら、なんとこのじ〜さんは、一回頑張っただけで、あまりの荷の重さにすぐ絶望してしまったようで、重荷の前にへたり込みます。諦めが早いな・・という感じ。そしてぶつぶつと心の内を語ると、いちおう二度目の挑戦もするのですが、これもわりと簡単に諦めて、恨んでやるっと、腹を立ててあの世へとすたすたと行ってしまう。(←時間削減のため?)

ちなみに地謡陣にはあっつんも来ていたけど、若手どころか若者中心な感じでいつもの銕仙会メンバーでは全然なく、てっつん独特の、息の深い謡いにちょと(かなり)ついて行けてないカンジ。。「思ひ知らせ申さん」と聴かせどころになるあたりも、不発な印象です。。。ああ、いつもの銕仙会メンバーだったらなぁとさすがに思ったのですが、それもこれもお坊ちゃんたちの教育優先ですな。

そして中入りに「下人」役の泰太郎が立ちシャベリをするのですが、実はワキが最初に今回の「計略」を話してしまって大幅に時間減になっていたため、代わって時間調整のため長め長めに重〜く話さねばならず、ちょっとシンドそうでした(笑)。

ともかくも、ワキの欣哉にまで山科荘司が庭で憤死したことが伝えられます。驚いて、庭までその遺体を見に行く欣哉。恐る恐る足を運ぶところが、なかなかリアルです。そして遺体を見てビビっているワキ・・。
ワキは続いて、なんと女御さまを呼びに行きます。こうした下賤の者の怨みは恐ろしいですから。というわけで、一目見てやってくださいということらしい。このあたりもどうやら、女御がこの『はかりごと』の黒幕であったということのようです。(まぁ女御さまが呼び出されるのは、常と同じなのですが。)

女御さまはここでようやく(天冠の飾りがずっと全然揺れてなかった)、蔓桶から立ち上がって庭先へと降り立つのでした。荘司の哀れな姿に、膝をつきさすがに涙をこぼす女御さま。ところが、立ち上がろうとしても立ち上がれない。欣哉が早くお立ち下さいと進めても、いや立てない、と答えます。

そんな二人のやり取りの最中に揚幕がすーっと開くと、黒衣を被いた後シテが、背後からそろり、そろーりと近づいてきます。(もちろん出端ではナイ。)これはなかなかコワ〜イ光景だったのですが、あまり後シテの格を高めるものではないようです。

一の松付近で被きを取ると、後シテは白頭に豪華な装束姿で、杖ではなく打杖を手にしています。怨み言を縷々述べるシテ。いつの間にかワキの姿は消えて、別世界に入り込んでしまったようです。もちろん女御は金縛りにあったまま動けない。老人の霊はすぐそばにまで近づいてきます。

そしてここで面白いのが、老人の霊がどん!と足を一度踏み鳴らすと、どうやらそれで女御の金縛りは解けたらしい。女御さまは立ち上がり、悪い夢でも見ているように、象徴的にスローモーションをかけたみたいにゆっくりと、橋掛かりのほうへと逃げ出します。これをシテが後から追いかけていく。

どうやら古い型付に残されていた演出通り、後シテが生前いたぶられた報復に、女御を実際に責め苛む展開のようです。

シテは一の松のあたりで追いつくと、いつの間に持ち替えたのか、担い棒の代わりに鹿背杖を振りかざすようにして、女御に押しつけたりしているようです。女御はまた金縛りにかかって逃げられない。しかし再び、シテがどん!と足を踏み鳴らすと動けるようになるらしく、今度は舞台のほうへと逃げ出します。「鬼」としての後シテを強調した演出とはいえ、その魔力をこんなふうに直截的に表現するというのは、ちょと珍しいのではあるまいか。

女御は逃げようとするとまたお金縛りにあい、重荷の前でうずくまったまま動けなくなります。背後から迫りくる鬼。鬼は軽々と、片手で重荷を持ち上げてみせます・・!そしてなんと、女御の背後からその重荷を乗っけています・・!!
女御は両手で顔を覆って(両シオリ)うぇ〜ん、ごめんなさい・・!(←たぶん)と大泣きです。(←このために「重荷」は軽めに造られていた模様。)

う〜ん、一度観てみたいと思っていた古態演出ですが、ここまでやると女御も悪かったかもしれないけど、このじいさんも相当性格悪いな。。という印象。白頭の立派な姿ながら、今回の後シテは、死んで神になったというカンジじゃ〜ないようです。
後場のこの有様は、実際に演じて観せるか観せないかの違いではあるのですが・・。まぁ確かに、わざわざ好んで人の心を踏みにじる人っているからなぁ。

しかし涙する女御の姿に、シテの心も少しは和らいだ模様で、恨む気持ちは「霜か雪か」と消えて行ったようです。ここまでやれば誰しも満足するでありましょう。重荷を静かに降ろすと、橋掛かりのほうへと去って行きます。そして、また、どん。と床を鳴らして女御の金縛りを解く。はっと自由になる女御さま。

シテはなおも、じーっと橋掛かりのほうから女御の様子を見守って(?)います。そして、これからは女御さまを守る葉守の神になる・・と、こそっと(?)宣言するのでした・・。いじらしいと言えるの・・か、も?こうしてようやく、事件は終結するのでありました・・・。

う〜ん、でも、確かに展開として筋の通ったものではありましたが、美意識の高いゼアミンであったなら、絶対に採らなかっただろうなと思わせる演出だったカモ。これなら同じ『古式』ふうでも、横浜能楽堂で観た『てっつん版・恋重荷』のほうが、シテの思いの深さがより伝わってきて、よかったナ〜と思う。ま、趣旨が違うんですよ、趣旨が!ってことなのカモしれませんけどネ。


その2へと続く。



 
posted by kuriko | 10:07 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
第9回 萬歳楽座 その2
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さ〜続いては、キヨ登場の「千手」です!

こちらももなかなか、六の字の言う通り(番組記載)、スピーディーな(!)展開の舞台となっておりました!

文蔵扮する平重衡が閑とともに、まず舞台にやってくる。

文蔵重衡は白綾に水色の大口、そして直面に白髪の姿で、老けた29歳だな。。という感じです。
(重衡の享年は29歳だったらしい。)

そして立派な直垂姿の狩野介宗茂である閑が、名宣とともに今の重衡の今の状況を説明するのですが・・。

ど〜したの閑?!ヒノキ花粉症か?!と、これが閑の絶不調を感じさせて、いささか不安を残すものとなりました。息が若干苦しいようで、謡が上手く続きません。まぁ閑も幾つになっても「先生、先生」と、引っ張り出されて、大変は大変ですわね。

で、つづいて「郢曲之舞」の小書ふうにツレのサシ謡へと飛ぶのですが、文蔵の声もいつもの通りパラッとして春雨の如き謡です。

そこにキヨの登場です♪キヨは紅白段の唐織、「若女」でしょうか超美人の面で、ちょっと年若い、清純派の雰囲気。なのですが、実はキヨの謡が一番男前。。なのでした。シテなのだからい〜のでしょう、きっと。

千手の来訪に閑の若干のトチリ?もありつつ、一度は対面を断った重衡も、頼朝の命とあってはあっさり対面を許します。しかしこの日の千手は、「やっぱ重衡ってイケメーン♪」と喜ぶ様子は微塵もありません(当り前か)。
重衡はすぐに自分の出家の件など話すのですが、千手に「ダメでした」とマジメに答えられると、残念だ。。と肩を落とします。そこにすぐ閑宗茂が、ま、ま、酒宴にしましょうよとガンバって勧める。というわけでこのあたり、「郢曲之舞」的演出ということみたいです。。

羅綺の重衣たる 情けなき事を機婦に妬む・・・

キヨの朗詠の後、三人は声を合わせて謡いだし、ひと時の宴の情景となるのですが、ここでもキヨの謡が一番ピカリと光ります。

そこから、クセ、序之舞(重衣之舞?)となるのですが・・。確かに序之舞のほうは、囃子も舞も通常とはちょっと変った印象です。序を踏むところは、白拍子ふうにちょっと乱拍子を思い出させるところもあり、アクセントのある笛の音色が、ちょっと現代的でもあり。へ〜っという感じ。キヨはすごーく綺麗でした☆橋掛かりからじっと重衡を見つめる姿に、千手の想いを感じさせますが、実はクリコの席からは目付柱でよく観えなかったんだケド。。(笑)。

そしてこの舞が、平重衡はすでに死を目前にしているのにも関わらず、大いに心を慰められるひと時となります。実はこの時千手は、ただ宴の余興として舞ったに過ぎないけれど、この舞に何重もの凝集された過去と意味・・があればこそ、重衡も心を寄せたに違いない能一曲の価値が発揮される。

シテ自身は、舞に没頭するにつれ重衡を慰めているために舞っている自分をいつしか離れ、そこには道成寺にでもどこでも、古代ともいえる時代から人が集まるところに推参しては舞っていた白拍子の面影があり、義経のために舞っていた静御前の面影があり(ほとんど同時期か)、さらに遡って源氏物語の女性たちでも舞っている(?!)序之舞の、言葉無き永続性、能の舞だけにある昇華された別世界に入っていたのでありましょう。

これは舞って観せている生身のキヨにとってもおそらくは、同じように自分自身をも離れたような何世代にも渡ってきた舞、あるいは能という名の記憶が、「千手」の世界観だけに留まらない深淵が、我知らず顕れるのではあるまいか。

ものすごーく想像をたくましくして言えば、重衡も生身の人間としては、このとき本音ベースで出家してなんとか死罪を免れたい、あるいは死罪となっても地獄往きは免れたいという願望があったに違いない。しかし、現実ベースと物語ベースを混同して言えば、確実にすでに死んでいる人間たちが世に残し、それを何故かたまたま(どういうわけか)、千手という名のヒロインが受け継いでいるあまりにも現在の我が身からかけ離れたその世界に、逆に心を慰められたのではあるまいか。

ただ惜しむらくは、クリコ的にど〜せ省くんだったら、この序之舞もあるんだし、クセのあたりを省いたほうがよかったんじゃないかな〜と思う。前段のもさもさした部分をむしろ残したほうが、シテとツレの心の機微が伝わって(韓流ドラマふうに)、序之舞の何重かの意味がより生きたような気がする。今回の内容だと、ワキもシテもこの舞台に現れる以前から、十分に重衡に同情を寄せていたことが分かりにくかったんじゃないかなぁ・・。こちらも観衆の必要十分な知識を前提とした急展開だったなと思うのは、クリコだけでしょうか。ま、キヨが綺麗だったのでい〜んだケド。

そして重衡もすっかり心を開いたようで、ずっと手にしていた数珠をおき、扇を披いて琵琶を弾く。全くの別世界に、自分のごく微かな消息を残すために。立派な気品ある姿だけれど、そこにセクスィーな印象はありません。キヨも清純派らしく(?)、その横顔は可愛らしく、いつのまにか「千手」の世界に戻ってくると、いつしか眠ってしまったようなのでした・・。

やがて重衡のほうが先にパッチリと目を覚まし(お年のせいであろうか)、扇をさっと閉じる。そしてきっぱりと立ち上がり、千手と袖を触れ合わせることもなく、宗茂とともに、一度も振り返ることなく毅然として立って行きます。

この場面も後朝の情景というよりは、宴も果てたひと時の夢の跡・・としての端然とした別れでした。

しかし千手のほうは、どうやら(物語ベースで)深い想いがあったようです。いつまでも重衡のことを見送っていたかと思うと、何歩か後ずさり、激しく泣き崩れた千手の様子を極めて象徴的に、上品に表現するキヨなのでした♪

しかしまぁ今回の「恋重荷」も「千手」も、確かに両方ともビミョウといえばビミョウな恋模様ですわね。「千手」のほうも悲恋と言えば悲恋だけど、重衡は斬首される前に「最後に一目(ほんとの)妻に会いたい」と願い出て、叶えられてから死んだそうな。

うう〜ん、秋の公演でのさらなる深まりをきぼんぬ(←古い)です☆


おしまい!
 
posted by kuriko | 00:56 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
偏り。
※今回もねたづまバージョンでお送りします。


blogに限らず無難な話題と言えば、やっぱり食べ物。

DSCN0584.JPG
歪んだ「くりあんぱん」。

朝ゴハンの代わりに食べようと思っていたら、くしゃくしゃになっていました。。。


DSCN0589.JPG
「バター グランデ」(←お店の名前です。)

いつでも朝ゴハン(のメニュー)が食べられるお店で、お昼ゴハン。


DSC_0015.JPG
夜もパン食。

「STOP玄祥はぁ・・、何度も確認された、真実です。(めろりん☆)」

得意の(?)物真似も披露して、大ウケです(たぶん)。

私の食生活・・、もしかして偏ってる?


 
posted by kuriko | 01:18 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
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