能楽鑑賞などなどの記録。  
明日

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明日は、もともと萬斎さまっていうか、万作を観に三軒茶屋に行く予定だったのですが、さて、どうしたものですかね・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by kuriko | 22:22 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
隠れ家

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実は最近、ヨーロッパ方面に旅行に行ってまして、アムステルダムを起点にしたので、アンネ・フランクの家にも行ってきました。

現在は博物館になっているとかで、外観がこんなに現代ふうな建物に・・・。(ナナメっててすみません。)

 

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しかも、以前は長い入場待ち行列で有名だったようなのですが、今ではチケット購入はオンライン予約のみになっているとか。

http://www.annefrank.org/en/

 

残念ながら、時間が合わず入場は諦めて帰ってきました・・・。
皆さまも、アムステルダムに行かれる際はお気を付け下さい。
(←私が不注意なだけかな・・。)

 

周辺の様子はこんな感じです。

 

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・・・。

 

国民の目を逸らすために憎悪と分断を煽るのは、権力者側のよく使うテなのですよね・・。
「大したことではない」と、変に物分りが良くなるのも善くない。


(もうかなり絶望的ですが)皆さまもお気をつけください。

 

 

 

 

 

 

posted by kuriko | 00:04 | 旅(番外) | comments(0) | trackbacks(0) |
ざぎん

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トリコロールのアップルパイ。

 

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マリアージュ・フレールのGinzaサンド。

 

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シティ・ベーカリーのチーズケーキ。

 

 

・・・。

 

最近、結局お能以外の用事で銀座に行くことが多いのですが、週末はどこも行列・・。

 

なんとなく、穴場だなぁと感じたのは、シックスではなく(笑)、東急プラザの地下2階。

 

週末でも空いてて(笑)、サクっとコーヒーでも飲みたいという方にオススメです。
多分・・。

 

 

 

 

posted by kuriko | 23:51 | 番外 | comments(0) | trackbacks(0) |
第36回 テアトル・ノウ東京公演

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仕舞
花月    味方團
籠太鼓 観世喜正
野守    観世淳夫


舞囃子
天鼓
   片山九郎右衛門

大鼓  亀井忠雄
小鼓  成田奏
笛    杉信太朗


屋島 弓流 素働 奈須与市語
シテ   味方玄
ツレ   武田祥照
ワキ   宝生欣哉
         野口能弘
     御厨誠吾
アイ   野村萬斎

 

大鼓   亀井広忠
小鼓   成田達志
笛     杉信太朗

 

地頭   片山九郎右衛門

 

※2018年5月12日(日) 宝生能楽堂にて。


というわけで、テアトル・ノウ東京公演に行ってきました〜!
(結局、めっちゃ遅くなりましたw。)

 

時間の都合により、九郎右衛門の舞囃子「天鼓」から。どちらかと言えば、声が良く謡上手のシズカのほうが御贔屓のクリコですが(笑)、この日の九郎右衛門は本当に美しく、素晴らしかったです。

 

もちろん天鼓の後シテなわけですが、なにからなにまで、全身に清冽な気合いが漲っていて、神憑りと言っていいほどでした。

なるほど、こちらの天鼓は芸術家の魂というより、死ぬことでエゴも昇華され神になったのか・・と納得させる立ち姿。

 

これは凄まじい・・と思ったのは、先日の後シテ姿だった祥丸GTよりも、直面に紋付姿だった九郎右衛門のほうが、むしろ人間離れして観えたこと。

 

どうでっしゃろ?、すごおまっしゃろ?とでも言いたげな気迫が、さすが京都人、底**悪いな・・(←すみません、単なる偏見です)といった舞いっぷりでした。

 

それに「なりたつ」の愛息らしい成田奏くんも、まだ子供のように見えたけど(笑)、忠雄相手にしっかり打っていて本当に立派でした。打ち方がなりたつそっくり(笑)。やっぱり親がしっかりしてると違うな、と思ったことでした(笑)。

 

そして、いよいよ「屋島」です。

 

今回は重い小書もついているとのことで、囃子方は長裃、地謡も裃姿で登場。前日に引き続いて、ワキは欣哉でした。もちろん「屋島」は大曲で、その役どころも全く違い、この日の欣哉は曲の位に合わせて、ぐっと重々しい雰囲気。沈痛というより、重厚でしょうか。細かな、受ける印象の違いなのですけどね。

 

今回のワキ僧は、都のほうから四国行脚にやってきたとのこと。日も暮れて、名高い屋島の浦に一泊することにするのですが・・。漂泊の僧が名所旧跡を訪れると、必ず何かが起こる・・。

 

大小の鼓も広忠となりたつで、気合いの入り方も凄まじく、壮烈な波しぶきかのよう。瀬戸内海の屋島の波も、この日はハワイのノースショアか・・という雰囲気でした。
(もっとも、「子午線の祀り」によると、内海の分、潮の流れは独特なようですが・・。それは壇ノ浦か・・。)

 

果たして、そこに曰くありげな若い漁師の男と、同じく漁師らしい老翁の登場です。

 

シテのシズカの謡は、老人役ということで抑え気味ながらも、早速に得も言われぬ凄みを感じさせます。それに前々から思ってるのですが、この「屋島」の前場のツレって、一体誰なのでしょうか・・。


以前は、義経を慕う家来の霊なのか??と思ってましたが、「屋島」の前場の進行って「松風」に似ている気がするので、シテの分身なのかも・・。「屋島」と「松風」と、どちらが先に出来た曲なのか知りませんが・・。ツレの取次ぎでワキに一夜の宿を乞われ、最初は見苦しい家なので・・と断るシテですが、都から来た僧と聞いて、考えを変え、泊めてあげることにします。

 

さらには、この地で源平の合戦があったはずだから、昔語りにその様子を尋ねられると、お安い御用とシテは、さらに声も力強く、屋島の合戦の様子を語り出す・・・。

 

「大将軍の御出立には赤地の錦の直垂に・・」と義経の輝く姿、三保谷の四郎と悪七兵衛景清の躍動は、シテ自らがその生命を示して素晴らしい量感の表現でした。

 

中入には、アイに萬斎さまも登場。シズカと萬斎さまの(しかも奈須与市語)取り合わせって、錦上添花とも言えるし、どことなく牛丼カレー的な(笑)ちょっと過剰とも言えるカモ。文句なく素晴らしいけど、ちょっと濃い味付けです(笑)。

 

でも「屋島」の大事の小書もそう言えるのかなぁ〜。あれこれやるし・・。萬斎さまの奈須の語りは、もはや語りではなく、ひとり大スペッタクルの境地。本業(?)でもこういう人を引き込む芸力があるからこそ、他ジャンルで活躍してても、今や文句も出ないのでしょうね。(←いや言うけどw)(←私。)

 

落花枝に帰らず 破鏡再び照らさず・・絢爛たる軍装の後シテが現れ、自分が一番好きだった場所に現れる。「子午線の祀り」でも、義経が自分が最も自分らしく輝ける場所は戦場なのだ・・みたいなことを言っていた。

 

ところが、周囲が文字通りの生死をかけた戦いを繰り広げているさなかに、義経はスローモーションの中に佇むように、あるいは、自分一人がストップモーションに入ったかのように、何事か物思いに一瞬ふける。

 

このとき、大鼓の一閃とともにシテはばさりと、扇を舞台の上に取り落とす。これは、実は義経の弓なのです。あっと言う間に波間に攫われていく自分の弓を、騎馬のまま海に入り、必死で追いかける義経。舞台も狭いほど、ぐるぐるっと爪先立ちのまま巡って行きます。

 

無事に弓を拾い上げたものの、涙を流して諫言した家臣に、自分は命よりも名誉が大事なのだ、と胸を張って(たぶん)応える。・・・弓のサイズを見て、「義経は小兵なり」と言われるのがイヤだったんだって。

 

「大事」なので、中入りの間に交換しておいた葛桶と床几に、シテと小鼓がそれぞれ腰掛けていて。床几の座面の部分(なんて言うのだろう?)が真っ白な布地だったのも印象的でした。源氏の旗色に合わせたのでしょうか。

 

勝修羅ともされる「屋島」だけど、義経のこの時の勝利もひと時のことで、行きつく先はやはり修羅道の世界なのでした。義経と同じく、死後もなお戦うことに取りつかれた亡者たちが屋島の海に大勢現れ・・・。

 

終曲、夜明けに合わせ、揚幕の向こうに消え行く世界を追いかけて、風に乗るようにしてシテがさーっと橋掛かりを駆け抜けて行きます。暗示的に。

 

シズカみたいなウマイ人がやると、舞台として素晴らしかったのは勿論なのだけど、でもこういう感情的なひっかかりが特になく、いわゆる過去の栄光としての屋島があえて舞台になっていて、そこが逆に難しそうだなあ、と思った。

 

義経みたいに戦術には長けていても、時局に負けたような人は、自分が敗者となったという認識もあまり無さそうな気がするし・・。う〜む・・。特に結論なく終わります。

 

 

 

posted by kuriko | 22:27 | 能・狂言 | comments(3) | trackbacks(0) |
銕仙会5月定期公演

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狂言
咲嘩
シテ   野村萬
アド   野村万之丞
     野村万蔵

 

朝長
シテ   浅見真州
ツレ   浅見慈一
     長山桂三
ワキ   宝生欣哉
ワキツレ大日方寛
     御厨誠吾
アイ   能村晶人

 

大鼓   國川純
小鼓   幸清次郎
笛     竹市学
太鼓   三島元太郎

 

地頭   観世銕之丞


※2018年5月11日(金) 宝生能楽堂にて。
※時間の都合により、「咲嘩」は拝見しておりません。

 

というわけで、真州の「朝長」を観てきました〜!

 

これがすごーくよかった・・。今ふうに言えば強く「刺さる」演出になっていて、さすが真州という「らしさ」が随所に。てっつん率いる地謡も、大迫力で素晴らしかったです。

 

舞台の進行はというと、そこは勿論、まずはワキ僧・欣哉の登場です。

 

早速に、青墓の宿で自害した大夫の進朝長のお墓詣りに行くところ・・と自己紹介していたのですが、このお坊さんは楽しい名所見物の旅ではなくて、色々と事情のあるヒトなのですよね。従僧も連れていてそれなりの身分も感じさせますが、なかなか沈痛そうな雰囲気です。

 

下掛宝生流の「朝長」の詞章は、観世流とは違うところもあり、混乱させられる(笑)ことも多いのですが、いきなりその事情を明かすようなことをしないのが、下宝のいいところだと思う(朝長が亡くなった直後だとすると、まだ平治の乱も鎮まりきっていない頃の筈なので)。行き会ったアイに道を尋ねたりもしつつ、朝長の墓前に辿り着きます。

 

そこに前シテ、青墓の長の登場です。おや、と感じさせたのが、もともと「朝長」の前シテは、装束は紅無の設定ではあるのですが、それにしてもかなり抑えた地味な色合い。面も「曲見」だったようで、真州の年齢に合わせたのか、落ち着いた、年嵩に観える出で立ちでした。

 

そして、侍女や太刀持ちと思しき人たちを引き連れての、前シテの女性としてはかなり破格の様子ですが、今回のシテは女王然としたところを全く感じさせません。お供の二人と悲しげな春の情景を謡う様子は、(現在の真州の声量もあり)シテが押さえ気味に、あまり主導的ではなかった効果(?)で、あの時は大変だった、大変だった・・と、地元の人たちと、そしてその一人として、口々に語りあうような趣き。ただ墓前に木の葉を手向け、下居して合掌する様子は、シテのみならずツレたちもまた非常に美しかったです。

 

七日ごとに朝長のお墓参りしているというシテが、しかしこの日はいつもと違うものを発見したのは、曰くありげに、同じく朝長のお墓の前で涙を流していた欣哉だったのでした。

 

声を掛けられたワキが朝長に所縁の者だと思わず口にすると、シテの心が波立つように、雰囲気が少し変わる。四十九日も過ぎ、それなりに落ち着こうとしていたのに、また心の傷が開いたかのような様子です。

 

さらに欣哉が実は朝長の乳人だったことも明かすと(下宝では「乳母子」と言ってましたが、詞章の全体を見るとやっぱり乳人のほうがいいのカモ)、自分は朝長に、最期の一夜の宿を貸した・・と話し出す。

 

さらに朝長様の御最期の様子を話してほしいと頼まれると、昨年のある夜、門を激しく叩く音がして、扉を開くと甲冑姿の男たちがなだれ込んで来て・・・と詳しく語るのですが、この時のシテの悲嘆ぶり、まるで涙ながらに語るといった様子が非常に印象的で、「朝長」の前シテは、どちらかというと第三者視点で語るもの・・というイメージを全く覆すものでした。お能と演劇との、ギリギリのリアリティの境を探っていたようにも思う。

 

この夜、まだ少年だった朝長は、膝を射られ深手を負っていて、(能の世界では)自ら命を絶ってしまう。何故にと問いかける義朝に、虫の息で、自分はもう一歩も歩けない。父上の行く末を見届けられないのは残念だが、このまま雑兵の手にかかって犬死にするぐらいなら・・と、「これにてお暇賜らん」と言い残して息を引き取る。

 

義朝と鎌田正清が、朝長に取りすがって嘆き悲しむ様子は忘れられない・・・とシテは語ると、がくっと下居していた足も開いてさらに崩れおち、まるで義朝が朝長を抱えているかのように、一瞬、両手で空気を抱くようにして、それからモロジオリする。

 

まるで、理不尽に我が子を奪われた「藤戸」の母親のよう。それにどうも、この青墓の長は、義朝の沢山いた妻妾の一人だったようなのですよね。完全に母親に(あるいは義朝に)なっていて、これも真州ならではの闌位かなと思う。

 

前シテは想いのたけを語り尽くすと落ち着いたのか、ワキにしばらく自邸に滞在するように勧め、家人にお世話を言いつけて去っていきます。

 

「朝長」は、いくつものパターンの語りの能で、中入での、アイのきびきびとした語りもいい。再び登場したアイは、ワキに朝長のお墓の在り処を教えてくれた人だったのでした。そして朝長の兄弟の死なども語り、朝長様が自害された時は、みんなで嘆き悲しんだものです・・と口にする。

 

さらに朝長を観音懺法で弔うワキの前に、やがて凛々しい武者姿の後シテが現れる。まさか朝長様なのかと、驚いて声を上げるワキ。力強い地謡もさながらオペラの如く、ギリシャ悲劇の如くその場を盛り上げる。

 

父・義朝が裏切りによって討たれたのに対し、朝長はワキの弔いに感謝し、一夜の宿を貸してくれた青墓の長の、その悲しみにも感謝して、この世のすべての男女を親と思えという箴言が、いま自身の身の上で理解できたと語る。

 

しかし魂魄の魄は地上に残って、修羅の苦しみもまた語り始める。源平両家の入り乱れた戦いの様子、矢で足を射ぬかれた時の、さっと袖を捲き上げるあの鋭さ(すごいと思った)、馬たちのいななき。

 

「腹一文字にかき切って」・・と、舞台に両膝をつき、扇で切腹の有り様を再現するリアリテイ。このとき、足が流れるように少し崩れていたのは偶然だったのか、朝長が痛めた足をかばっていたのか・・。

 

幽霊というものは、常に同じ時間の中にいて、そこから抜け出すことが出来ない・・という表現には、なにか深い洞察を感じさせる。

 

亡き跡弔ひてたび給へ・・そう言い残して、朝長は消えていきます・・・。

 

 

 

 

posted by kuriko | 23:46 | 能・狂言 | comments(0) | trackbacks(0) |
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